ハコの厚みはここ次第!
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稲野 巧実
『ハコの開き』の管理人。
様々なゲームに浮気しつつ、アストルティアに度々出没する駄目社会人。ルアム【XI881-625】で冒険中。エンジョイ プクリポ 愛Deライフ! 貴方の旅に光あれ!
行動してから後悔しろが信条の体育会系思考。珈琲とチョコと芋けんぴがあれば生きて行ける!
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「もう、本当にお堅いんだから!」
 目を閉じて言い返すメレアーデ様の全身から、煩くて面倒臭くて嫌々な感じが迸る。
 目を細めて眺めていると、凄まじい既視感の正体がわかった。僕が注意する時のテンレス兄さんだ。朝、目が覚めるのが遅くて叩き起こすんだけど、遅くまで錬金術の研究で起きてるからだよ!とか言ってる時がこんな感じなんだ。
 正直、メレアーデ様を諌める執事さんの気持ちはよく分かる。こんな態度されて気分が悪いのにメレアーデ様を注意するのは、メレアーデ様がお好きなんだろう。
「ジェリナン。クオードが出かける時、何か持っていなかった?」
 きっとメレアーデ様はいつもの調子で問いかけているんだろう。でも、執事さんは気難しい顔で黙っている。
 分かるなぁ。だって『姉であっても弟の部屋を荒らすのは、止めたらどうですか?』って注意が、完全に耳の右から左へ抜けているんだもん。気分が悪いのに注意を聞く姿勢もないだなんて、意地悪の一つはしたくなるに決まってる。
 火に油を注いだことにも気がつかないメレアーデ様へ、執事さんはゆっくりと言った。
「お客様のいる前で、私共相手とはいえ淑女として相応しくない言葉遣いは感心できません。良いですか、メレアーデ様。正しい言葉遣いとは常日頃からの…」
 あぁ!テンレス兄さんを叱る時のアバ様と同じだ。このお説教は長くなるぞ!
 ばっと音を響かせる勢いで、メレアーデ様が執事さんへ両掌を突き出した。
「はい! ジェリナン、そこまで! お小言なら後でいくらでも聞くって約束するわ! 今はクオードのことを教えて!」
 テンレス兄さんも同じように言って、誤魔化せたことは一度もないよ。なんなら『後で』の約束がきちんと果たされたこともない。村でのテンレス兄さんの信頼は、地面を這うバブルスライム並みに低いんだ。
 執事さんは胸を張って、縋り付くようなメレアーデ様の訴えを跳ね除ける。
「誤魔化そうとしても駄目です。今日という今日は聞いていただきます」
 ここにきてようやく、長い長いお説教が避けられない事を察した。メレアーデ様の目つきが、起死回生の手段を実行すべきと覚悟を秘めたものに切り替わる。
 突き出した手をゆったりと淀みなく胸の前に組み、祈るように顔を上げた。唇から紡がれる声は無邪気な子供から、舞台の上に立つ女優の声に変わっている。
「お待ちになって、ジェリナン! お客様の目の前でお説教を始めるのは、如何なものでしょう?」
 メレアーデ様の反撃! これは会心の一撃だ!
 うぐっ! 執事さんが声を喉に詰まらせ、ちらりと僕達を見た。この屋敷の関係者であれば、契約上の守秘義務として黙っていろと言うだけで良かっただろう。しかし、部外者の僕らが屋敷の外で『女王様が執事にしかられていた』なんて吹聴してしまう可能性がある。王族の評判も家臣である彼らが守らなければならぬものだ。だからメレアーデ様の言葉遣いへの注意も厳しいんだろう。
 執事さんは大きなため息を吐いた。敗北を認め、メレアーデ様が勝利を収めたのだ。
「クオード様は普段とお変わりなく、お出掛けになられました。荷物を運ぶ為の供もなく、クオード様ご自身が何かを所持している様子は見受けられませんでした」
「ありがとう! ジェリナン!」
 嬉しそうにお礼を言われて、執事さんはやれやれと首を振った。

ジェリナンを倒し、メレアーデはレベルが上がった!
判断力が2上がった! 演技力が1上がった!

 だめだ。この人、もう弟の部屋を荒らす気満々だ。引き出しを全部開け放って恋文一つ見つけたら、読んで相手が誰だか記憶の中から探し出して、その相手と弟がどんなロマン溢れる逢瀬を重ねているか、義理の妹のウエディングドレスまで想像が止まらない。
 思ったが吉日と言わんばかりに椅子から立ち上がり、ドレスを摘んで早歩きで屋敷のカーペットを颯爽と歩く。両手で勢いよく扉を開け放ったら、二の腕に掛かるレースの裾をたくし上げる仕草をする。メレアーデ様の快進撃を止める者など居らず、部屋の戸という戸が、箱という箱が、ベッドの下、本棚の本一冊一冊まで詳らかにされてしまった。
 あら!これは私がクオードの軍部就任を祝って贈った万年筆だわ! まぁ、誕生日の時に毎年送る刺繍入りスカーフが綺麗に並んでる! 錬金術の論文や戦術の教本ばっかりじゃない! 幼い頃に描いてもらった姉弟の肖像画! クオードが小さくて可愛いわ! あ! クオードが考えたすごい魔法生物! あの子が楽しそうに説明してくれて楽しかったわね!
「もう! 面白いものが何も出てこないじゃない!」
 絶え間なく響き続ける物音がようやく止んだ頃には、ベッドの上に身を投げ悔しそうに叫ぶメレアーデ様がいる。
 絶対に銀の箱を探すことを忘れてるね。そうですね。僕達は深々と頷いた。
「部屋にないなら、王都に出かける時に持って行ったのか」
「銀の箱は小さいので、鞄に入れて運ばれたら気が付けないでしょう。持って行ったか聞いて、分かりますかね?」
 流石に服に縫い付けるようなポケットには大き過ぎるので、ポケットに入れたり手に持てば嫌でも目に付く。でも荷物に混ぜられたら先ず分からないだろう。
「なぜ、クオードが荷物を持って出掛ける必要が生まれるの?」
 部屋の扉を後ろ手で閉めたメレアーデ様は首を傾げる。
「この屋敷はエテーネ王国の王の住まい。この屋敷は転移装置で首都キィンベルや王宮と直に繋がっているの。必要なものは行く先々で用意されているわ」
 荷物なんて持つ必要なんかない。そう、あっけらかんと言い放つメレアーデ様。
 …貴族って僕達とは別次元の常識を持ってるんだな。アンルシア姫様はミシュアとしてメルサンディ村で暮らしていたから、庶民の感覚に理解があるだけだったんだ。
 でも、そうね。メレアーデ様が心得顔で頷いた。
「目の付け所が良いわ! もし、クオードが銀の箱を屋敷から持ち出すなら、従者に持たせて運ばせることになるわ。お見送りの執事が必ず気付く!」
「お言葉ですが、メレアーデ様」
 ずいっと真横から影のように詰め寄ったのは、物置部屋の前で気を揉んでいた執事さんだ。
 突然現れたような存在感に、僕もレナートさんも身を強張らせ、メレアーデ様は悲鳴を上げて驚いた猫さながらに跳ねる。
 『驚かさないで、ジェリナン!』胸を押さえメレアーデ様が叫ぶ。
 執事さん、お庭からずっと付いて来てたんだけどな…。
 アイロンと糊の効いた皺一つない黒い執事服に、深い紫のベストが格調の高さを演出する。懐中時計を繋いでいる銀の鎖が、詰め寄った一歩できらりと揺れた。青い瞳を尖らせ、整えた口髭も毛羽立っている気がする。不穏な空気に敏腕執事が凄みが増す。
「私にはお屋敷の主人とそのご家族をお守りする責務がございます。例えメレアーデ様自らのご意志とはいえ、クオード様のお部屋を検めるのは如何なものかと思います」

ドミネウス家の執事、ジェリナンが現れた!
まぁ、アストルティアの星は基本的に移動も省くし、メレアーデを部外者と一緒にさせるのは危ないのでお茶会の後からずっと付いて来ています。気配の消し方が上手なのも、有能な執事なら可能なことでしょう。

拍手に感謝!ぱちぱちっとありがとうございます!
最近、遠くて帰りが遅いバイトに行ってて反応遅くなってしまっているんです。申し訳ないっす。

 え!
 肺の中の全ての空気が一つの音に圧縮されて迸った。
 エテーネ王国? レンダーシアの考古学者様が遥か昔の手記から見つけた名前。でも手記は捏造と疑われる程に痕跡のない王国だった。
 僕の故郷と同じ名前の王国。
 目の前の大陸全部、エテーネ王国? グランゼドーラよりも巨大な国じゃない?
 頭が真っ白になってる僕と、言葉を失って呆然とするレナートさんを見て、メレアーデ様は笑う。僕達をお茶の席まで引っ張って戻すと、『はい、どーぞ』っておかわりを注いでくれた。
「エテーネ王国の人はちょっとやそっとの事じゃ驚かないけど、貴方達がいきなりこの屋敷に現れた時は本当に驚いたわ。空中に浮かんでいるこの屋敷に来る方法は限定されていて、貴方達はそれを一切利用していない。屋敷を包む術式に何の反応もないから、空から侵入する可能性もないわ。クオードがどうやって侵入したんだって、眉間に皺寄せて考えてたのよ」
 そう言いながら、お嬢様は眉に指を乗せて眉間に皺を寄せるように押す。楽しそうに笑いながら、身を乗り出した。ねぇ。こっそりと潜められた声で、僕達に囁く。
「どんな方法を使ったの? おねーさんにこっそり教えてよ」
 僕の方が知りたいよ。僕はずずっとお茶を啜る。
 別れ際にテンレス兄さんから託された銀の箱。テンレス兄さんが使っていた時は、ひとりでに浮いたり動いたりして、凄い力を発していた。でも僕の手の上に乗せられてからは、ただの銀で出来た綺麗な箱だ。エンジュさんやガノさんが興味津々で調べ尽くしたし、錬金術師の知識を持つヤクウさんに見てもらっても、何一つわからない。
 それがいきなり光って、知らない場所にいて、兄さんが意識を失っている。
 全く訳がわからない。テンレス兄さんも、もう少し説明してから渡して欲しかったな。
 僕はですねぇ。そうレナートさんが話し出すのを横に聞きながら、僕は重要な事を思い出した。斬り上げるように顔を上げ、二人の肩が跳ねる。
「…銀の箱!」
 兄さんが意識を失ったことで頭がいっぱいだったけど、肝心の銀の箱が無くなってる! メレアーデ様に助けを求めてる直前に、兄さんの手から転げ落ちたのを見てぐったりしてるのに気がついたんだ。それまでは確かにあった。
 その後、どこにいったんだ?
 ざっと血の気が引く。大事な物であるのもそうだけれど、この状況に陥った原因が銀の箱にあるとしか思えない。その原因が行方不明になったら、意識を失った兄さんも、僕の故郷に帰る方法もわからないかもしれない!
 僕はテーブルの上に身を乗り出して、メレアーデ様に詰め寄った。
「メレアーデ様、銀の箱知りませんか? 血の繋がった兄がくれた大事な物なんです!」
 前髪が触れ合いそうな近さで、大きな瞳に僕が映る。長いまつ毛がぱちぱちと上下すると、身を引いて背もたれに身を預ける。うーんどうだったかなーって唸って、頬に指を添えながら首を傾げている。
「ルアム君がここ来たのは、その銀の箱が関係しているのかな?」
「今の所、それしか思い当たりません」
 レナートさんの問いに頷いた僕を見て、メレアーデ様は静かにお茶を含んだ。ゆっくり味わっているのを見ながら返事を待っていると、僕の熱くなった頭も冷えてくる。ことりとカップを置いたメレアーデ様は、僕をまっすぐ見て言った。きゅっと唇の端が持ち上がる。
「その銀の箱は大事な物なのね。なら、貴方に返さなくちゃ!」
 楽しそうなものを見つけたメレアーデ様の笑顔が光っている。
「私の部屋に落ちていた物を、使用人として雇っている者が勝手に持ち出すことはないわ。汚れや破損、安全性の問題で部屋から持ち出したなら、どんな些細な内容でも私に報告があるの」
 そう爛々と瞳を輝かせ状況を整理する。
 確かに、僕が迷い込んだ部屋には、メレアーデ様と彼女が飼っている黒猫がいただけだ。兄さんの手から零れ落ちた銀の箱が、僕の物であると断言出来るのはメレアーデ様だけ。メレアーデ様が銀の箱の所在を知らないなら、あの騒ぎの間に誰かが部屋から持ち出したんだろう。
 誰が。思い浮かぶのは僕らを拘束した、クオードというメレアーデ様の弟だろう。
 意識を失った兄さんを抱いて狼狽える僕達を、頭ごなしに侵入者って悪者と断定した乱暴者。年齢は僕と同じくらいで、僕の瞳と同じ色の吊り目に込められた敵意が脳裏に焼き付いている。
 しかし、あの銀の箱が姉の私物ではないと断定できるのか?
 同じ屋根の下で暮らしていたテンレス兄さんとは、全ての空間を共有していた。なんなら僕はテンレス兄さんの私物を、所有者本人よりも詳しく把握していた。ルアムー。あれ、どこいったっけ? 『あれ』で分かる僕もどうかと思うけど。
 でも、メレアーデ様とクオードは異性の姉弟だ。しかもお屋敷の主人の家族である彼女達は、完全にプライバシーが守られている。それなのに銀の箱はメレアーデ様の物じゃない、僕の物だと断定して持ち出しているとしたら、それはそれで怖い。
「だから、ルアムの銀の箱を持ち出したのはクオードで確定よ」
 本人が戻ってきたら聞きましょう。そう言おうとしたが、メレアーデ様の舌が止まらない。
「クオードの部屋に行って、銀の箱を取り戻しましょう!」
 本人に聞けば全て解決しそうだが、彼は僕らを怪しい侵入者と断定している。姉さんはコイツらに騙されているんだ! あの箱はやはり何かあるんだな! と拗れる予感しかしない。
 それでも年頃の弟の部屋を姉が家探しするって、かなり可哀想だ。
「メレアーデ様。それは流石にやり過ぎでは…?」
 大丈夫! 理解していない弾んだ声に、僕らは己の無力を噛み締めた。
「私はクオードの姉なのよ? そして王宮で執務に忙しい父から、長女である私が家を預かっているわ。私が良いと言うのだから良いのよ!」


メレアーデ様は娯楽に飢えておいでです。
絶対に暇はしていると思う。
アンルシア姫みたいに勇者としての責務として剣術や魔術の修練を日課として課している訳でもなく、没頭する趣味と言ったら猫ちゃんだし、エテーネの彼女の家にはメイドもいるから掃除だ洗濯だなんてやる必要もない完全なお貴族である。暇なんだろうなって思う。

実はこの辺までプクリポルアム視点で書いてましたが、意識を失ってるのが人間のルアム君じゃダメだろうってことに気がついて急遽書き直しています。
ナドラガンド編の最後にルアム君視点があったので、視点順序的にはプクリポルアムが順当だったんですよね。でも完全版で本にしたなら、その順番は崩れるので人間のルアム君でいっても大丈夫だろうと判断しました。

 お屋敷の庭はメギストリスの王城の中庭みたいに、綺麗に手入れされている。舗装に使われた白い石はぴったりと同じ形で揃えられ、タイル張りみたいに平たく整っている。鮮やかな緑の芝生は均一に狩られて、木の葉一つ落ちていない。寄せ植えられている花々や大輪の花を咲かせる木は、故郷の島に生息している種類に似ている。屋敷にいるのは人間ばかりだから、ここはレンダーシア大陸のどこかなんだろう。
 普通の庭は山が見えたり湖が見えたりするものだけど、ここからは空しか見えない。なんだかシャボン玉を内側から見るような不思議な空だ。空気は暑すぎず寒すぎず穏やかに凪いで、絶好の午後のティータイム日和だ。
 ドライフルーツを贅沢に混ぜ込んだパウンドケーキはしっとりと焼きあがっていて、ふわりと甘い花の香りがする。僕が美味しさに目をまんまるくすると、お嬢様は嬉しそうに笑う。
「うふふ。ようやく不安いっぱいの顔以外の表情が見れたわ! かわいいっ!」
 かわいい。なんだか、恥ずかしくて顔が熱くなる。
 紙みたいに薄くて羽みたいに軽いのに、陶器みたいに硬い不思議なカップを持ち上げて紅茶を啜る。紅茶の底に花が開いていて、口の中に花が咲いたように香りでいっぱいだ。
 僕は口の中がしっかり空っぽになってから、お嬢様に向かって頭を下げた。
「僕達の名前はルアムと言います。僕の兄さんを助けてくれて、ありがとうございます」
「まぁ。種族が違うのに兄弟で、同じ名前なのね」
 驚いて目を見開くお嬢様に、レナートさんも頭を下げる。
「お嬢様にお目に掛かるのは初めてですね。僕はレナートと申します」
 僕達の自己紹介を聞いて、お嬢様も背筋を伸ばした。他所向けの顔は貴族の令嬢らしく、上品で控えめ。僕達をまっすぐ見つめて、凛とした声を響かす。
「私はドミネウスの娘、メレアーデ。弟クオードが貴方達の状況に耳を貸さず乱暴に扱ったことを、弟に代わり謝罪します」
「しゃ、謝罪をするのはこっちです! いきなり部屋に現れて、驚かせてごめんなさい。メレアーデ様が兄さんを診るようお医者様に頼んでくれたり、ご飯や寝床をくれて助けてくれて、感謝してもしきれません」
 僕が慌てて言うと、メレアーデ様はくすくすと笑う。
「困っている民を助けるのは、王族として当然の行為よ」
「お、おうぞく?」
 呆然とするのは僕だけじゃない。レナートさんも驚いたようにメレアーデ様を見てる。そんな僕達の視線を受け止めて、メレアーデ様は立ち上がった。
「そう。私の父ドミネウスはこの国を治める王なの」
 庭の端まで歩いたメレアーデ様は、どうぞとばかりに手で空を示す。
 僕とレナートさんがメレアーデ様に近づくと、この場所の異様さにすぐ気が付いた。メレアーデ様が立つ庭の端から先がない。ここが空中庭園だったとしても、街並みや高い山、遠くに海が見えても良いはずなのに見えるのは空ばかりだ。
 空の上? ここが?
 僕はギル君やダズニフさんやクロウズさんに乗せてもらって、空を何度も飛んだ。空気は薄くて、身を斬るように強く研ぎ澄まされている。この屋敷にはそれが一切感じられなかった。
 もう一歩でメレアーデ様と並ぶ。そして、僕達は庭から下を覗き込んだ。
 視界いっぱいに広がる大地は豊かな自然に覆われて、大きな川が縦横無尽に走って地面を潤している。大きな大陸の中心に大きな宝石のように輝くのは、大きな都だ。高い山はずっと下。空に浮かんでいるはずの雲も、気持ちよさそうに飛ぶ鳥も見上げる位置にはない。
 この家が飛んでる?
 突然陰った薄寒さに顔を上げると、太陽を遮って浮かんでいる塊がある。よく目を凝らせば、立派な建物が建つ島が空に浮いているんだ。島というか金銀で飾り立てた美しい陶器のようで、まるで芸術品が空に浮かんでいるようだ。金の輪が島を囲んでいて不思議な色の煙を吐いている島を見れば、何かの技術で浮かんでいるのがわかる。
 なんなんだ。これ、もしかして夢なの? 信じられないというか、現実に存在できると思えないあり得なさで、目の前の光景が理解できない。驚きで混乱した頭に、メレアーデ様の言葉が響いた。
「時と錬金術が導く永遠の国。エテーネ王国のね」

いえーーーーい!エテーネ王国へようこそー!!!!!

 レナートさんもこの屋敷に迷い込んで、この物置部屋に押し込まれている。でも、物置部屋にはベッドはあるし、布団は干させてもらってフカフカだし、ランプもランプオイルもあるんだ。快適だよねって呑気に笑ってる。食べ終わった食器も片付けてお盆に載せてるけど、これ、レナートさんが自分で調理場に下げに行くんだ。侵入者として勾留されているとは、側から見たら分からないくらい堂々としている。
 レナートさんが僕の頭を撫でると、ふっと笑みを深くする。
 何となく、シンイさんが僕に向ける笑みに似ていた。血の繋がりはないけれど、小さい村で兄弟同然に育ったお兄さん。僕の頭を何気ない仕草で撫でてくるの、僕がエテーネ村の歳下にするのと同じ感覚なのかも。雰囲気やのんびりとした口調が、彼の平和で長閑な故郷を感じさせた。
「君は本当に彼を大事に思ってるんだね」
「僕の命を守ってくれて、家族のように僕を支えてくれる人なんです」
 そうなんだ。レナートさんが兄さんへ目を向けると、悲しそうに目を細めた。
「心配だね」
 なんだろう、心配しているだけとは思えない悲しみが込められた声だ。大事な人が死んだような、取り返しのつかない事をしたような、自分を許せないって悔やんでる。唇を噛み締めて横たわる兄さんを見つめている瞳は、別の何かを見ていた。何故、そんな顔をするんです? 僕は戸惑いながらレナートさんの顔を見上げる。
 レナートさん? そう声を出そうとした時だった。
 物置部屋の扉がノックされる。可愛らしくトントンと響いたら、『入っていいかしら?』と女の人の声が聞こえてくる。返事をしたレナートさんが扉に向かう間に、ドアノブが動いて扉が開いた。
「プクリポ君の意識は戻ったのかしら?」
 にゃーお。黒猫が星の飾りを瞬かせながら、我が物顔で物置部屋に入ってくる。この屋敷に来た時、目の前にいた黒猫だ。しっぽの先に結ばれた赤いリボンをなびかせながら、猫は奥で寝ている兄さんの胸に乗って顔を覗き込む。
「まだ、意識は戻りません。お嬢様、入ってきちゃダメですよ」
 レナートさんが丁寧にそう言うと、覗き込んだお嬢様は頬を膨らませた。肩が見える淡いピンクと白のドレスは、至る所にフリルが効いていて可愛らしいデザインだ。でも足元まですっぽりと覆うスカートに、腰まである長い紫色の髪が丁寧に梳き解されて、やんごとなき身分だと思う。腰に手をやり、豊満な胸を張り、肩をいからす仕草は、服が演出しようとする全てを押し退けてお転婆な感じが出てしまっている。
 レナートさんに嗜められて、碧の瞳が挑戦的に輝いた。
「まぁ! この屋敷の主人の娘である私に『入ってくるな!』なんて口利いて良いのかしら?」
「この状況では、良いんですよ」
 レナートさんは諭すようにお嬢様に言う。
「僕達は冒険者です。武器を持っていなくとも、細腕のお嬢様を簡単に汲み伏してしまいます。そんな輩がいる部屋に単独で入って来ようだなんて、不用心ですよ」
「あら。優しそうな目をしてる貴方達は、そんなことしないわ。私は人を見る目があるの!」
 胸に手を置いて自慢げに言い放つ。黒猫とお揃いの星の飾りが、誇らしく瞬いた。
「貴女はそう言っても、皆を心配させるのはどうかと思いますよ」
 物置部屋の外に押し出してレナートさんが目配せすれば、物置部屋の前に控えていた執事のおじさんが神妙に頷いた。僕達がいなければ小言が迸りそうな口元にお嬢様が気が付いて、しまったって顔してる。唇を尖らせて、くるりと大きな瞳を回すと、良いこと考えたって手を打った。
「じゃあ、お庭でお茶をしましょう。クオードが王都に行ったら、貴方達を客として扱うつもりだったの。お茶の一つももてなし出来ないなんて、ドミネウスの娘として恥ずかしいもの!」
 別にお客様扱いして頂かなくても、今の待遇で十分です。
 兄さんを一人で寝かしておくのは不安だなって振り返れば、黒猫が任せろとばかりに鳴いた。

レナート君の物語がどこら辺なのか、分かる人は分かる。
そして、ver4のヒロインのご入場です!

拍手に感謝!ぱちぱちっとありがとうございます!

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