ハコの厚みはここ次第!
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稲野 巧実
『ハコの開き』の管理人。
様々なゲームに浮気しつつ、アストルティアに度々出没する駄目社会人。ルアム【XI881-625】で冒険中。エンジョイ プクリポ 愛Deライフ! 貴方の旅に光あれ!
行動してから後悔しろが信条の体育会系思考。珈琲とチョコと芋けんぴがあれば生きて行ける!
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「それは興味深いのぉ」
 真横から手を伸ばせば、ルアム君は『見ますか?』と手渡してくれた。
 手に落とし込まれたのは、結婚指輪をラッピングした小箱くらいのサイズ。磨かれた銀は鏡のように周囲を写し取り、薄らと緻密な模様が彫り込まれているのが分かる。小箱と言っても開くような切れ込みはなく、角で指を切ってしまいそうなくらい鋭く尖っておる。ただの銀で作られたビューティフルでパーフェクトな正立方体のようじゃ。仄かに魔力を感じるが、何らかの媒介とするには弱すぎる。
 ふぅーむ。唸って漏れた吐息が、銀の面を曇らせる。
「錬金術で作られた装置であろうが、何に使うか、どう使うかはさっぱり分からんの」
 そうですか。ルアム君は銀の小箱に視線を落とす。仲間達に意見を求めないあたり、すでに仲間達によって調べ尽くされておるのじゃろう。エルトナの才女やドルワームの賢者として招かれる技術者、ナドラガンドの解放者と錚々たる面々が分からぬと匙を投げるのじゃ。ワシが分からんのも無理はない。
「お祖父様も分かりませんか。僕もテンレスさんからは何も聞き出せていないんです」
 悔しげに孫は言う。とはいえ、誰も孫を責める事はできまい。まずは目の前に立ちはだかる竜の神の脅威を退けるのが先であって、銀の小箱の存在を問う暇などありはせんかったろう。
 なーなー、あいぼうー。舌っ足らずな声でプクリポが言う。
「その箱って相棒の兄貴が使う時、立体パズルみたいにぎゅるぎゅる動かなかったか?」
「なるほど、エルトナにもカラクリ箱の技術がありますわ」
 周囲の視線に後押しされるように、ワシは箱を持つ手に力を込める。左右の手の力を逆方向に向けて回してみようとしたり、指を箱の面に押し付けてスライドさせてみようとしたりしたが、びくともしない。隣から手が伸びて手渡せば、順繰りにその場全員が挑んだ。しかし、箱は一つの銀の塊と言いたげに微動だにせんかった。
 最後の最後に回ってきたプクリポのルアムは、デザートのフルーツタルトをもぐもぐしながら受け取る。一通りキュートでラブリーな手で動かそうと試みたが、あっさりと諦めてしまった。
「ふぁい。ふぁいふぉう」
 ふいっとルアム君の胸に銀の箱が向けられる。勢い余ってか、それともプクリポ特有の距離感からか、銀の箱がルアム君の首に掛けられた指輪に当たった。
 キィン!
 金属同士が打ち合う甲高い音が突き抜けた。音と共に蛍光色の光が世界を溶かす。その場全員が驚きの声を上げ、驚いた拍子にひっくり返ったのか食器が落ちる音が響き渡る。身を竦め、手で作った影の隙間から光の元を見ようとするが、光に目が眩んで何も見えぬ。
 唯一、盲目の解放者だけが、驚いた様子で光の源流に駆け寄る。
「おい! ルアム達が消えちまったぞ!」
「どういう意味です?」
 孫が必死で手を伸ばす気配を感じている間に、光が消えて眩んだ目が見えてくる。
「だから、消えちまったんだって。心臓の音がすぱっと聞こえなくなったんだ…!」
 声を荒げる解放者の前には、先程まで二人のルアムが座っていたのを物語るようにクッションが凹んでいて、触れれば温もりが残っている。ルアム君が使っていた匙がテーブルから落ちて、カツンと音を立てて床を叩いた。
 誰かがテーブルの下を覗き込み、誰かが扉を開け放って外へ探しにいく。大量の血や死体がないのであれば、心臓の音が消えたのは死んだからではない。魔力の残滓はないが、言葉の通り何らかの方法で消えてしまったのじゃろう。
 うぅむ。二人分の空席から、クリーピーでシニスターな予感を感じずにはおられん。ワシは髭を撫でながら、胸のざわつきを抑えつつ今後打つべき手を考える。
 先ずは、ルシェンダ様に報告しておかねばなるまい…。

めちゃくちゃ長くなる予定の壮大なver4が始まりまっす!

 孫は弟同然の幼馴染の言葉を噛み締め、ゆっくりと静寂の中に声を送り出した。
「ルアム君の旅は想像も出来ぬ程に、大変なものとなるでしょう。再会出来る未来はありますが、それは不穏に満ちた濃い霧の向こう側にあるのです」
 振り返った孫は眼鏡の奥で円な瞳を瞬き、固く握った幼馴染の手を掬い上げて包み込む。
「僕はこれ以上、君が大変な思いをする必要はないと思うんです。きっと、テンレスさんも同じ気持ちだと思います」
 それは労わりに満ちた言葉であった。
 こんな幼子が故郷を滅ぼされ、滅ぼした原因に追われるなど悪夢に他ならぬ。縁に恵まれても冥王から逃れられぬ運命を背負わされ、生き延びる為には討たねばならない。ワシや孫のシンイは村の場所を知っておったが、村の出身者でなければ所在の分からぬ辺境の地。この子がこの地に辿り着く事は大変な事であったろう。ナドラガンドの出来事も孫から一通り聞いてはおるが、兄に矢を射掛け、仲間達が無惨にも殺されるワイルドかつデンジャラスな冒険だったそうではないか。こんな幼子が背負う運命にしては、酷過ぎやせんじゃろうか。
 君は十分に頑張った。休みなさい。暗に含まれた意味に少年は頭振る。
「僕は兄さんに『見つける』って言ったんです」
 互いに視線をぶつけ合っていたが、一つ息を吐いて目を伏せたのは孫の方だった。孫は少年の拳を包み込んでいた手を片方外し、胸元に掛けられた指輪に触れる。
「この指輪をお祖母様はエテーネルリングと呼んでいました。『エテーネの縁が永遠に続くように…』そう願いが込められた指輪だそうです」
 驚いて目を見開いた少年は、胸元の指輪に視線を落とす。
「君が瓦礫の中から指輪を見つけたのは、運命なのでしょう。その指輪に込められた願いが、君をテンレスさんの元へ導く。それを止める事は出来ないでしょう」
 孫は立ち上がって少年の手を固く握ると、詰め寄るように迫った。
「約束してください。決して、無茶をしてはいけません。困った事があったら、遠慮なく私を頼ってください。君は私にとって血を分けた弟と同じなのですから」
 切迫した声。孫にとって目の前の少年は、滅びし村を生き延びた数少ない幼馴染であり、言葉の通り弟同然の存在じゃ。守り、慈しみたい存在が、過酷な運命に飛び込むのを見送らなくてはならぬなど我慢ならぬに違いない。
 本当なら共に行きたい所じゃろう。しかし、先の見えない旅路に孫を巻き込む事はできないという、ルアム君の思い遣りを感じ取ってしまったのじゃ。だからこそ、困った時は頼れと言い含めた。帰る場所は、復興させた故郷は守る決意を声色に乗せたのだ。
 少年は孫の想いを受け止めて、唇を引き結んでしっかりと頷いた。
「はい」
 話が纏まり引き締まった空気が弛緩すると、ウェディの背鰭に引っかかっておったトンブレロソンブレロがパカパカと動き出した。
『しかし、ルアムの兄はどこぞへ消えてしまったんだろう? どう探すつもりなんだい?』
 その問いに一同が隣り合った者達と顔を見合わせる。エテーネ村を捜索する為に様々な手段を模索し尽くした者達が、身を捻るように首を傾げる。そんな仲間達に少年は手を上げて『あの!』と声を上げた。集まる視線の先に、ルアム君が銀の小箱を掲げて見せた。
「テンレス兄さんが消えてしまう直前に、この小箱を託されたんです。この小箱を手掛かりに探そうと思います」

登場人物紹介の絵にもすでに描かれています、エテーネルリング。
実はこのリングに関わるサブクエを未だにプレイしておらず、ウィキを見てびっくりしてる。そんな凄い代物だったんかお前。

 エテーネ村の入り口から少し奥まった場所広がる畑の先に、ルアム君の家がある。
 元々、彼と兄のテンレスが暮らしていた家がその辺りにあったからじゃろう。斜面を利用して三つの家が段違いに接続した形になっており、最も下は台所を兼ねた熱源であり共有スペースじゃ。共有スペースの上にある二つの家は男女別にルアム君の友人達の部屋として割り当てられており、真上の男子部屋は天井から無造作に吊るされたハンモックやら床に置かれた荷物で雑然としておったの。
 広めに作られた共有スペースであるが、集まった人数でやや手狭に感じる。家の真ん中を支える大黒柱を囲むように設られたテーブルからは溢れんばかりに御馳走が乗っておる。ハツラツ豆と米を炊き込んだご飯は接妙な塩加減のおむすびになって並び、山盛りの川魚のフライの隣で、ミートグラタンがぐつぐつと音を立てる。新鮮な牛乳と野菜達を煮込んだシチューが木製のお皿で目の前に並び、スライスされたびっくりトマトとチーズがテーブルを華やかに彩る。果物がふんだんに使われたタルトが、さまざまな大陸の酒がキラキラと魅惑的な輝きを放った。
 それぞれに席に座れば、どうぞどうぞとグラスに飲み物が注がれる。
「ではではー! エテーネ村復興事業がひと段落記念にかんぱーい!」
 料理を作ったイサーク君が冷めて不味くなる前にと、先手で乾杯の音頭をとってしまいおった。一斉に乾杯とグラスが打ち合い、ご馳走に舌鼓を打つ。はじまった賑やかな宴会の合間に、復興のよもやま話が溢れ出す。
 『湿度が多いからウェナ風の建築が良い』『気候が似ているからエルトナ式だ』とか『夜は冷えるからオーグリード式が良い』『いや、そこはドワチャッカだろう』とか『陰鬱な空気をちょっとでも明るくしたいじゃん!プクランド建築一択!』『人の規格に最も適しているのはレンダーシア方式です』とか大喧嘩した棟梁達が、木工ギルドから派遣されたエルフの親方の一喝で山の向こうに吹き飛ばされた話。やや脚色が過ぎると思ったが、ツバクロの一喝ならそれくらい吹き飛びそうじゃな。
「まさか、エルフの裏社会を牛耳るという燕組の親方が、家を作りにくると思いませんでしたわ。しかもその腕前は城お抱えの宮大工に匹敵するものですのよ」
 見事なものでしたわ。そう唸る横で、エールを仰いだドワーフが頷いた。
「この村の環境に合わせて、それぞれの大陸の技術のいいとこ取りの家を建ててしまいおった。まさに職人冥利に尽きるというもの。技術者としても羨ましい限りじゃったわい」
 村の周囲を取り囲むように石垣を築く大変さは、強靭なオーガでさえ音を上げる。以前の村は石垣がなく獣や魔物が入り込んで作物を荒らしていたが、村が広いが故に木の柵がせいぜいだった。オーガの腰くらいの高さの石垣であれば、猪やスライムといった小型の魔物の侵入は妨げられるだろうと石垣の設置が始まった。幸いにも材料の石は村の瓦礫を利用できたが、運んだり魔物に襲われたり大変であったことをしみじみと語る。
「ダズニフが来て一気に仕上げてくれなければ、ギルが家出してしまうところだった」
「いっそ腰をやったら村で療養出来るって企んだけど、エステラがベホマ唱えてくるしさぁ」
 ようやく村人が飢えることなく生活できる基盤が整い、外貨獲得の為に商人達が息を荒げているという。大量に収穫できるハツラツ豆を、特産品として売り出す話が進んでいるらしい。イサーク君や勇者の盟友であるピペちゃんが商品開発に勤しんでいるそうじゃ。
「ヤクウさんは僕がいない間の留守を守って、ナルビアとの調整もしてくれています。商人の方々は、テンレス兄さんに命を救われた縁で村に来てくれたんです」
 そう言いながら、ルアム君はワシのグラスに酒を注ぐ。
「本当に色んな人に助けられて、今のエテーネ村があるんです」
「そりゃ、そーだけどさー」
 ルアム君の隣に座った、同じ名前のプクリポがあざとく首を傾げて言う。
「相棒がやるって言ったからだよ。どんなイベントも『やる!』って言う奴がいねーと、始まりもしねーもん」
「やる 言うだけ 誰でも できる。やり遂げる 難しい。すごい こと」
 その場の誰もが深々と頷くのを、主役の少年は照れ臭そうに笑う。少年は果実を絞ったジュースで満たされたコップを置くと、ワシの隣に座った孫の後ろに回り込んだ。シンイさん。決意を秘めた声が、周囲の賑やかさを押しつぶす。
「僕、テンレス兄さんを探しに旅に出たいんです」

想像以上に順序よく進んでいます。
そうだよねー。村のことひと段落しなきゃ、旅に出ようなんて思えない。ナドラガンド編は仲間の大事な人が誘拐されて、それに兄が関わってたから形振り構わなかった。しかし、この世界のどこかにいる兄を探すというぼんやりとした目的のために旅立つなら、しっかりもののルアム君ならキリの良い状態で引き継げる環境にしてからいきそう。偉いなぁ。

元旦に地震があり、二日目は羽田で飛行機事故とか痛ましいことが続いております。
自分も二日目は風邪で完全に伏せっており、三日目はどうにか治して家人の入浴介助と散髪を行なっております。四日目は職場の有給が消化終了になるので返却物と退職時の書類一式をいただく予定となっているのですが、急遽友人の手伝いが連続三日で発生します。
…………なんだか、仕事してるより忙しい。

 結局、ワシは妻の視た未来を変える事はできなかった。同じく未来を視る力を授かった孫も同じ未来を視たとなれば、避けられぬと諦観した態度を取るようになった。それでも、まだ若い孫は未来を変えようと足掻き、妻の苦しみを分かち合ってくれた。ワシが村に滅多に戻らずに奔走できたのは、スマートでリライブルな孫のお陰じゃろう。
 お祖母様は最後まで諦めない、強い人でした。そう、孫は妻の最後を語ってくれた。
 片方の口元をぐいっと上げて、不遜に笑う妻が目に浮かぶわい。もしかしたら、妻は滅んだ村の未来、ワシが今見ている光景すら見通しておったのやもしれぬ。
 先見の巫女の屋敷は記憶のままの石積みの壁であったが、よく見れば黒く焼け焦げたりしておる。教会を兼ねた屋敷は金属で補強された大きな扉とステンドグラスが嵌め込まれ、以前よりも窓が大きく作られ頑丈な木材で作られた鎧戸が備え付けられている。村が魔族に滅ぼされた教訓から、避難所として頑丈に作られたのが伺える。
 しかし、眼下に広がる村の家は様相が一変している。元々、高温多湿で川の近い場所であった為に高床式であったが、その上に立つ家は屋敷と同じく石積みの壁で茅葺き屋根である。しかし、今のエテーネ村の建物は石積みと木造を掛け合わせ、通気性を重視して窓が大きく配されている。ツスクルの学びの庭を連想させる造りで、屋根はウェナ諸島で使われる耐水性のあるタイルが重ねられている。それでも村の夜は冷える。野外に作られている炊事場の熱を、家々の下に分配する構造はドワチャッカの技術じゃ。魔族の襲撃で壁材として使えなくなった石を土台に再利用しておるようじゃな。
 水捌けが悪く腐った水が溜まった汚泥を取り除き、瓦礫の山を退けた場所には見事な畑の畝が作られ、瑞々しいハツラツ豆がすくすくと育っておる。水を引き込んだ稲田は鏡のように空を写し込み、水鳥がまだ小さい苗の合間をすいすいと泳いでおる。北の草原で採取した花々が美しく咲いてプクリポが好む華やかさが村を彩り、村を囲む石積みの壁はオーグリードの実直剛健さで野生の生き物と村を隔てる。
 村の中央に聳える魔族の襲撃でも燃え残った大木は、その黒く焦げた幹から新緑を芽吹かせている。果実の実る木が寄せ植えられて、まるでブーケのようじゃ。北の草原で腹を満たした牛や羊達が、牧羊犬に追い立てられて村に戻ってくる。移住した商人達が店の軒先で鮮やかな敷物を広げて商売をする賑やかな声、炊事場で作られる夕食の良い香り、大木の下から発掘された古代文明の紋様を再現して家々の補強の飾りにしようと小気味良い音を響かせる大工。
 復興というよりも、発展というべき様相じゃ。様々な種族の移住者が入り乱れ活気付く村を、ワシは胸がいっぱいになりながら見渡していた。潤む目元をぐいと拭い、その手で復興を成し遂げた若き孫の幼馴染の手を取った。
「世界中を探したとて、これ程にワンダフルでアメイジングな村は存在せぬじゃろう。ルアム君。エテーネ村で死んでしまった全ての村人に代わり、礼を言わせておくれ」
「そのお礼は僕だけが受け取る訳にはいきません」
 そう恥ずかしそうに微笑むのは、竜の神ナドラガを討ち取った英雄とは思えぬ年相応の男の子。青紫の柔らかい髪の下で、昼と夜の合間の色彩の瞳が細められる。ジャングルリップで染め上げた原始獣のコートセットに、狩猟で使う弓と矢筒を背負う。日に焼けた胸元に妻が指に嵌めていた指輪が細い鎖に通されて掛けられており、空の色を映し取って赤金色に光った。
 空は青空から夕暮れに移ろい、赤い空の下で森は一層に闇を蓄えて深くなる。家々の軒先に吊るされたランプに火が灯り、住人達が家の中にいそいそと消えていく。そんな中、橋を渡ってこちらに向かってくる人影が二つ。手に持ったランプの光で真っ白い衣が暖かい色に染めているのは、愛孫のシンイじゃ。孫の足元でスキップしながら並ぶプクリポが、大きく手を振った。
「相棒! ホーローのじいちゃん! ご飯にしよーぜ!」
 ルアム君が嬉しそうに顔を綻ばすと、いきましょうかと促し歩き出す。
 その後ろ姿を追いながら、ふと鼻先を香ばしい炒ったハツラツ豆の香りが掠めていく。ワシはふっと笑みを深めると、鼻歌を歌いながら階段を降りていった。

最初の話はエテーネ村の復興具合からです。

 エテーネ村が滅ぶ。
 そう、彼女は言った。玄関の戸を開けたワシに『おや、今日は何を摘み食いしてきたんだい?』と、お帰りなさいの代わりに腹を突く日常と変わらぬ声で。
 女である前に、縁談が上がる前から、言葉を覚えるより早くから、先見の巫女であった。彼女にとって、視えた未来を告げる事は息をするのと同じこと。どんなに残酷な未来が今の幸せを打ち砕こうと分かっても、誰かの心を守る為に偽る事など考えたこともないじゃろう。
 じゃが、些細なことだ。
 あの強くて自信に溢れた彼女が、あの日ワシに打ち明けてくれたことの方が大事だった。
 何時のこと? 空気の通り道すら塞いでしまうほどに乾いた喉が酷く痛む。言葉なったか定かではない問いに、彼女は小さく頭振った。将来のお嫁さんの髪を結える良い夫になる修行って、今朝結った髪がドレスの裾のようにふわりと揺れる。
 ずっと。胸に押し付けた彼女の額に浮かんだ汗が、じっとりと服に染み込んだ。
「ずっと未来のことだろう。遥か遠くに村が燃える炎と、鼻がひん曲がりそうな焼ける臭いがするんだ」
 小刻みに震える体を抱き締めると、彼女はゆっくりと力を抜いて体を預けてくれる。残酷な未来を一人抱えて闇の中で震える彼女を抱きしめることができるなら、ワシはどんな絶望も救いのない未来も知りたかった。そう、求婚の言葉を連ねる日々の中で言ったこともあったわい。
 冷え切った体に熱が馴染む頃、ワシは彼女の名前を呼んだ。いつもなら睨み上げるような不遜な顔は、不安に揺れていた。
「滅びの未来を回避する方法がないか探してくる」
 遥か昔から時折生まれる先見の巫女達の予言は、絶対ではなかった。未来は変える事が出来る。その可能性に手を伸ばそうとした若き日の自分を、将来妻したいと願って止まない彼女が見上げている。その目に真面目な顔のワシが写り込んでおったが、彼女はワシを見てはおらんかった。ワシを通してワシの未来を見ている瞳は、今思い返してもこれ以上はないという美しさじゃった。潤んだ瞳が一つ瞬きすると、瞳の上に瞬いていた輝きが拭われていた。
「大変な旅になる。誰も歩いた事のない道を歩き、すれ違う者も同じ未来を知る者も誰一人お前と肩を並べて歩いてはくれぬ。たった一人広大なアストルティアを放浪することになるぞ」
「良いんだ」
 ワシはキッパリと言って、彼女を折れんばかりに強く抱きしめた。肩に押し付けた鼻先に、彼女の好物のハツラツ豆を炒った香ばしい匂いが触れる。
「アバちゃんが『ホーローが未来を変えてくれるかもしれない』って期待してくれるなら、どんな困難も孤独も苦にならないよ」
 それが、放浪の賢者と呼ばれるワシの第一歩。ブロッケンには子守唄で、エイドスには『胸焼けするわい』と二度は話した事はなく、ルシェンダ様には時折聞かせて欲しいとせがまれる、妻とワシの物語である。

ver4開幕でっせ!
最初はヤクウさん視点で行こうと思ったんですが、重複したのとちょっと筆が乗らなかったのでホーローさん視点で上手くいきそう! 村を出たのがいつだか分からなかったので、時期はできる限り濁した。
ホーローさんはこんな形でアバ様に寄り添ってたんだろうなぁ!!!って思ってよ!!!惚気んじゃねぇ胸焼けするわってエイドスさんが言いそう(言わせた)

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