ハコの厚みはここ次第!
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稲野 巧実
『ハコの開き』の管理人。
様々なゲームに浮気しつつ、アストルティアに度々出没する駄目社会人。ルアム【XI881-625】で冒険中。エンジョイ プクリポ 愛Deライフ! 貴方の旅に光あれ!
行動してから後悔しろが信条の体育会系思考。珈琲とチョコと芋けんぴがあれば生きて行ける!
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 天の神よ、地の人よ。彼の者を讃えよ。
 その知恵と力を友の為に尽くせし、キュレクス。レトリウスの無二の親友である。
 行き倒れし放浪者の『静かに眠りたい』という願いの為に、レトリウスはその小柄な体を背負いゆっくりと四つの山を越えた。三日の後に目覚めると、放浪者は一杯の水と五つの果実を得て、瞬く間に活力を取り戻し、自らをキュレクスと名乗ったのである。
 レトリウスと友情を深めたキュレクスは放浪の旅を終え、マデ氏族に多くの恵みを齎した。
 二人の絆は時を超え、永遠に語り継がれている。

 ■ □ ■ □

 窓の鎧戸を開けると、澄んだ朝日が家の奥にまで差し込みました。
 チュラリスが大きな箒をよたよたと持って外の掃き掃除に向かえば、ジョニールが布巾を持ってカウンターや商品を磨き上げる。そうしている間に朝食が整い、家族が顔を合わせてテーブルを囲むのです。食後のお茶を楽しんだ後、私は店に掛けられたプレートを『営業中』にひっくり返します。開店をいまかいまかと待っていた急ぎのお客様がお帰りになられると、店に流れる時間はずいぶんとゆっくりとなります。その頃合いにカウンターの内側に置いた腰掛けに浅く座り、今朝投函された新聞に目を通すのです。
 錬金術師達はまずは朝刊にてバザーの相場を確認し、素材の値段やその素材からできる錬金術の品の相場がどう動くかを予想します。この読みが、店の収益に大きく反映されるのです。
 護衛の役目を果たしていた魔法生物の居ない状態では、採取の量が少ない状態が依然続いています。ここ数年では見た事もない高騰ぶりに、頭が痛くなりますね。それでも、神が垂らした蜘蛛の糸があるからこそ、この程度の値段で収まっているのです。もしもレナートさんがいなかったら、薬草一つに家が買える値段が付いた事でしょう。想像するのも恐ろしいですね。
 バザーの相場を流し読み終えると、一面に視線を落とします。
 王都に帰還したクオード軍団長の命令にて、魔法生物の破棄という指針書の是非を一旦白紙に戻した事が大きく記されています。指針監督官の職分を超えて国民を脅迫し、魔法生物の破棄が国民の生活を著しく損ねた事に、軍団長は特に苛烈な行為に及んだ指針監督官を軍法にて裁く事を決定したと書き立てられています。
 ここには書かれていませんが、異形獣を使役した事が決定打になったのでしょう。実際に軍団長が指針監督官達が使役している状況を目撃していなくとも、現在王国の民を脅かす脅威と何らかの繋がりがある者を野放しになどできません。異形獣との関係を洗い出さぬ限り、ベルマ達は私達の前に姿を現す事はないでしょう。
「ようやく安息の日々が訪れたけど、ちょっと遅かったね」
「ルオン。そんな事を言ってはいけませんよ」
 新聞を畳んで背を伸ばし声の方を振り返れば、カウンターの裏にある棚があるばかり。『イヒヒッ』と引き攣った笑い声が、この棚の裏にある弟の部屋から聞こえていました。
「明日からの一面記事は『転送の門封鎖事件』で埋め尽くされていくんだろうね。王立アルケミアの怠慢のことは書かないで、修繕依頼を断った僕達を無能だって揚げ足取るつもりなんだよ。安息の日々も今日限りだね」
 諦めを含んだ声に、私は嘆息して頷きました。

市場がハイパーインフレタイムです。
新バージョンの新素材の時は大変お世話になりました。個人的最高額はフォーレス鉱石250万ゴールドだった気がします。
魔法生物事件は一件落着したので、めっっっっちゃ緩やかではありますが魔法生物の製造が再開されて持ち直していく予定ではあります。魔法生物は力が強いとか手先が器用とか、コミュニケーション能力に優れてるとか仕様によって製造に数ヶ月から年単位掛かると考えています。

 もう一人の取り巻きがグレインと呼ばれた男からベルマを受け取ると、じりじりと後ずさる。ベルマは尚もけたたましく殺せと騒ぎ立てるが、その指示に従う者はいない。馬扱いしていた異形獣は、もう奴らの手には負えなくなっているのだと分かる。
 異形獣は手近にあった檻に爪を振り下ろす。
 がぁん! がぁん! 凄まじい音が響く度に、頑丈な鋼鉄の格子が大きく凹んでいきやがる!
「やめろぉおっ!」
 無駄だとはわかっている。それでも、あたしは異形獣に体当たりをしようとする。まるで虫でも払うように、ノコギリの歯のような尾があたしの頭へ振り下ろされようとしていた。世界が静止して洞窟の中に反響していた波の音が、シャンテの悲鳴が、ゆっくりと消えていく世界に、真っ赤で刺々しい死が夕暮れの日差しのように傾いてくる。逃げられるような速度なのに、縫い留められたように目が離せない。
 きん。
 一つ澄んだ音が響くと、まっすぐ上を向いていた尾が大きく揺らいだ。あたしの体を温かい何かが抱きとめると、尾から引き離される。真紅の尾が水飛沫を上げて落ちたと同時に、異形獣の絶叫が響き渡った。
「遅くなってすみません。運が悪く、ガメゴンロードに遭遇しましてね」
 あたしを下ろしてにっこりと笑ったレナートは、瞬く間に異形獣を切り伏した。まるで海老を腹の辺りで千切るように手の蛇腹部分を切り飛ばし、足の関節に剣を差し込んで横に切り裂けば足がすこんと外れてしまう。念のために角を切り落とすと、震え上がるような恐ろしい声をあげた。視線を回らせば、指針監督官達の姿はもうなかった。
 黄色い光が消えて力尽きた異形獣から視線を外すと、レナートは檻の鍵に剣の刃を当てる。こんと軽く叩くだけで、錠前が壊れて地面に落ちていった。
「姉さん!」
 シャンテが飛び出した次の瞬間、彼女の柔らかな感触があたしを抱きしめた。あぁ、姉さん! 真実を知って絶望しただろうに、あたしがバケモノに殺されそうになったのを本気で怖がって、こうして互いに生きている事を心から喜んでいる。妹の涙に、あたしも涙を堪えられなかった。
「ごめんな、シャンテ。今まで、本当にごめん」
 ベルマの言う通り、魔法生物の最低限の権利すらシャンテにはなかった。リンジャハルの大災害で死んだシャンテではなく、あたしが奇跡的に生み出した人型の魔法生物だから、あるべき記憶などあるはずがない。それなのに、あたしは嘘を吹き込んだ。記憶を蘇らせようと、無駄にシャンテを苦しめた。
 嘘で塗り固められても幸せだった日常。それはいつかは終わる。シャンテが喉に埋まった宝石に気がつく前に、あたしは真実を告げなきゃいけないって分かってた。分かってたんだ。
 でも、出来なかった。
 シャンテは、もう、本物のシャンテと同じくらい大事な存在だったんだ。
 大事にしたかった。二度と失いたくなかった。死んだシャンテに注げなかった幸せを、この子に存分に与えようって誓ったんだ!
「リンジャハルで死んだシャンテと、お前は違う。それでもお前は、あたしの妹だ。誰が、なんと言おうが、あたしの妹なんだよぉ!」
 華奢な体を折れんばかりに抱き締める。ずぶ濡れで泥だらけな体が押し当てられて、リンジャハルの公演に着た最後の舞台衣装と同じものをわざわざ作らせたってのに汚れちまう。ラウラリエの造花をあしらったコーラルピンクのオフショルダーのドレスは、シャンテのお気に入りだっってのに。涙が止まんなくって、シャンテの髪を濡らしちまうって分かってる。でも、想いが溢れてどうしようもなかった。
 あたしの背中に、そっとシャンテの腕が回る。
「確かにショックだった」
 でもね。胸にシャンテの暖かな息が掛かる。
「真実を知った今、私の気持ちを手に入れたの。記憶を失う前のシャンテじゃない、魔法生物である本当の私の気持ちを…」
 そっと胸が押されて、あたしは力を抜いた。
 エテーネ王国で開かれた公演を記録した、記憶の結晶から再現した完璧な妹の姿。瞳の色も、ぱっちりとした目元も、通った鼻筋も、健康的な頬の色、唇の形に歯並びまで。幼い頃から妹を知る誰もが、見抜く事ができなかった。
 器は簡単にできた。
 人の形の器を魔法生物とするのは、親父にすら成し遂げられなかった偉業だ。
 でも、そんな事はどうだっていい。
 魔法生物の性格は起動直後にある程度、誘導はできる。しかし同じ製造過程を経ても、気性が荒かったり、逆にのんびり屋だったりと、魔法生物には個性が存在した。命令すれば、魔法生物はその個性も押し殺して従ってくれるだろう。だが、個性を消す事はできなし、書き換える事もできない。親父はそれを『魂』と仮説立てていた。
 こんなにも妹を彷彿とさせる個性が、この世界に存在するならば、それは、きっと…
「私にとっての姉さんは、他の誰でもない、あなただけよ」
 大災害の日から、二度と見れないと諦めていた笑み。あぁ。その笑みを向けられるだけで、あたしの心は幸せに満たされる。抱きしめたあたしを、シャンテも強く抱き止めてくれた。
 妹は帰ってきた。あたしの元に、帰ってきてくれたんだ。


あぁーーーーーーー!!!!!!!よかった!!!!!!よかったあああああ!!!!!

 魂の叫びが轟く空間で、ベルマの唇が『くだらん』と動いた。
 すっと背後に向けられた視線に振り返れば、真っ赤な魔物が背後に立っていた。どうして今まで気が付かなかったのだろう。真紅の塗装を施した機械のような体には、至る所に刺々しい突起が生えている。爪は長剣のように長く、大剣のような厚みから切れ味鋭く研ぎ澄まされている。全身を黄色い線が頭頂部に伸びた、長い角へ集中する。めぐらした顔らしき場所には、まん丸い月のような真円の硝子から黄金のような光が溢れかえっている。
「予定通り、魔法生物の強制破棄を執行する!」
 がちゃんと巨大な手が檻を挟み、爪が格子の間から中へ入り込む。
 チュラリスは全ての毛皮が弾け飛んでしまいそうな悲鳴を上げ、コポはこのまま消えてしまそうなくらい小さく縮こまり、ジョニールはクリーム色の体が霧散するほどに激しく震えている。そんな彼らを抱き止めて、シャンテはまっすぐあたしを見ていた。
 ラウラの蕾が綻び大輪の花弁が開くように、口が開いた。
 紡がれるのは、シャンテに教えた愛する人との別れを惜しむ歌。それは人の嗅覚では壮絶な不快感を伴う、人間ならざりし声だった。金属を引っ掻いた音を聞いたような不快感が、シャンテ自身の声量と合わさって問答無用で耳の中に押し込まれる。全身が粟立ち、頭の中を引っ掻き回され吐き気が込み上げる。流石のベルマも取り巻き共も、初めて聞くシャンテの歌声に耳を押さえて悶絶した。
 それは異形獣も同じだった。
 持ち上げた檻を取り落とし、悶えるように上半身を振った拍子に檻が転がった。歌が止んで頭を振ったベルマは、悶え苦しむ異形獣に怒鳴りつけた!
「どうしたというのだ! 言うことを聞け! その檻を崖から海に突き落とすんだ!」
 その怒りを敵意を見做したのか、異形獣はベルマに向かって爪を振り下ろした。取り巻きの一人がベルマに体当たりをして避けさせるが、その背中は掠っただけなのに深々と斬り裂かれている。痛みに悲鳴一つ上げず、異形獣から遠ざけようとする背中をベルマが叩く。
「どけっ! グレイン! あいつが『時の指針書』に書かれていた、危険な魔法生物だ! 殺せ!殺せぇ!」
 ベルマからから迸った言葉を認識して、あたしは怒りが込み上げてきた。
 『時の指針書』に危険な魔法生物を殺せと書いてあったから、エテーネ王国中に存在する全ての魔法生物を殺害したのか! 勿論、その魔法生物がシャンテの事を指していたとして、おいそれと妹を差し出すつもりはない。だが、ある程度特徴が示され候補が絞られれば、何の罪も関係もない数多の魔法生物は死なずにすんだだろう!
 なにがエテーネ王国の栄光だ!
 魔法生物を根絶させるまでに殺した事の方が、王国の損失だ!
 あたしは国王の身勝手さに、ぐつぐつと腹が煮え繰り返っちまいそうだった。


魔法生物事件の真相。いやー、よかったー。あきらかにならないかもって心配だったの(なに?)

 男性監督官二人に抑え込まれ、シャンテはベルマの前に膝をつかされていた。ベルマは取り巻きの一人に顎をしゃくって見せると、仮面をつけて窺い知れぬ顔がシャンテの後頭部へ向く。美しい黒髪の長髪を引っ張られたシャンテが、苦しいうめき声を上げて顔をのけぞらせた。
 黒い制服のせいで死人のように青白い指が、シャンテの首に伸びる。やめて、触らないで! と、シャンテが拒絶を叫び、髪を掴まれたままに首を激しく振った。
「そこには大きな傷跡があるから、絶対に見ちゃ駄目だって姉さんが!」
 あぁ、かわいそうに。ベルマが甘ったるい声を囁き、シャンテの頬を慈しむように撫でた。シャンテの瞳を覗き込んでいた視線が、あたしに向けられてはっきりと愉悦に歪む。
「そう、ご主人様に躾けられている事すら分からぬとはな。お前達が『家族』と呼ぶ魔法生物以下の扱いを、お前は受けているのだよっ!」
 強い語気の勢いと共に、シャンテの首元からチョーカーが毟り取られた。
 コーラルピンクと可愛らしいレースのフリルのチョーカーが、吹き込んだ潮風に飛ばされる。目の前に落ちて水を吸い込んで色が変わるチョーカーから、のろのろと視線を上げた。
 狂った笑い声が爆発した。
 目を大きく開けて、呆然と首に触れるシャンテがあたしを見ている。
 滑らかな真っ白い首元には、大災害で受けたという大きな傷跡など一つもない。
 喉仏の位置に、丸く磨かれた宝石が埋まっている。人間には絶対あり得ない、肌とは違う冷たく滑らかな石の感触。魔法人形の証である真紅の宝石を、健康的な肌色の指先が信じられないように何度も撫でていく。
 全てを理解したように、シャンテの瞳から涙が溢れた。
 シャンテの顔がぐらりと揺れる。ベルマの取り巻きの男性監督官達が、シャンテを檻の中に投げ込んだのだ。駆け寄った目の前で、乱暴に檻が閉じられる。ぐったりと項垂れるシャンテを労わるように取り囲んだ家族を、ベルマは穢らわしい物を見るように一瞥した。
「あぁ、執着もするはずだ。人間型の魔法生物は、現代の技術でも実現できていない。未発表のまま闇の葬られては、お前の功績は評価されないものなぁ」
 軍帽の下の表情が喜びを滲ませて、形の良い唇が甘い声を紡ぐ。
「錬金術師リンカ。人間型の魔法生物の発表の場を、用意してやろう。栄光ある第一号であるこの魔法生物は、王立アルケミアでさらなる研究の礎になる。功績が評価されれば『王立アルケミアの研究員の申し出を受けるべし』と、指針書に書き込まれるだろう」
 良かったなぁ! ベルマは歓声をシャンテに向けた。
「錬金術師にとって、魔法生物とは便利な道具。魔法生物たるお前も、ご主人様の栄光の助けになれて嬉しいだろう!」
「道具じゃない。あたしの大切な家族だ!」
 叫びながら振り抜いた拳は、殴りかかるのを予想して一歩下がった顔に届かなかった。ベルマの幼さすら感じさせる顔から拭ったように喜びは消え、蔑みの色が覆っていた。
 こんな奴にシャンテを絶対に渡さない。
 体の隅々まで調べ尽くされ、様々な実験は苦痛が伴うかもしれない。用が済めば機能停止されて未来永劫展示される。そんな未来にシャンテを送り出せるものか! 大事な家族を踏み台にして手に入れる栄光なんて、クソ喰らえだ!
「その子も、シャンテも、あたしの大切な妹だ!!」

存分に神経逆撫でしてくれるベルマ嬢。輝いてんなぁって思ってる。

 陽の光を反射した海水が奥へ奥へと光を投げ込むので、洞窟の中は神秘的な青い光で満たされていた。波の波紋が壁に青く照らし出され揺らめき、潮騒に混じってチュラリスの甲高い悲鳴が聞こえていた。しかし、駆け出す事はできない。海水と共に流れ込んだ風が、侵食して狭まった隙間を通って突風となって横から殴りつけてくる。しっかり踏ん張ってないと、橋みたいな道から落ちて海に真っ逆さまだ。
 真っ直ぐに開けた道にうたた寝していたガメゴン達が、あたしたちに気がついて首をもたげる。レナートが剣を構えて、あたしを先へ送り出す。
「全く、良く喋る虫ケラ供だ。バラバラに解体してから、海に破棄してやろう」
 低くとも響くベルマの声に続いて、金属をフォークで引っ掻いたような耳障りな咆哮が響く。家族の悲鳴が上がるのを歯を食いしばって聞きながら、海水に濡れた滑りやすい坂道を登る。
「ゼフの店の歌姫。命が惜しければ檻から出てこい。この魔法生物の破棄は、エテーネ王国の幸せの礎となる為に指針書に定められているのだから」
 そんなことないわ! シャンテの声が潮騒の残響を掻き消した。
「指針書が私達を幸せにするなんて嘘よ! 家族が死んだら、私達は絶対に幸せになんかなれない! 私は指針書を持ってないけど、姉さん達と幸せに生きているわ!」
 あたしは祈った。どうか、気が付かないでくれ。と。
 しかし、無情にもベルマの訝しむ声が潮騒の底を這う。『時の指針書』を盲目的に信奉する監督官は、シャンテが指針書を持っていないという言葉を逃さなかった。
「届け出には『リンジャハルの大災害で消失した』とあったな。指針書の再発行の手続きは行われていないが、魔法生物の件で少しでも疑いを消す為なら、再発行しない選択はない。もしや、できない…のか?」
「やめろ!」
 迸った私の声が洞窟の中を響き渡った。シャンテの『姉さん!』って驚いた声が、チュラリス達の『きちゃだめ!』って叫びが、やまびこのように帰ってくる。
 ぱちんと指を弾く音が響いた。
 なに? やめて! 来ないで! シャンテの怯える声に続いて、悲鳴が轟いた。
 こんな時に限って、滑る岩に足を取られあたしは盛大に転んでしまう。天井から雨のように滴ってくる水が、坂道に腹ばいになった服の内側に流れ込んで濡らしていく。ぐっしょりと濡れた白い毛皮で縁取られたケープとマントは、まるで岩のようにあたしの上にのしかかっていた。
 あたしは肘を立てて胸を起こすと、首元の留金へ手をやる。冷え切ったかじかむ手が、いつもは無意識で外す留金に苦戦する。早く。早く! 焦りが募るばかりで、指先から留金が逃げていく。顔に張り付いた前髪を乱暴に払い、見えもしない首元へ目を凝らす。
 耳障りな笑い声の合間に、なるほどと連呼される。
「時の指針書を持っていないのは当然だ! お前はエテーネ王国の人間ではないどころか、人間ですらないのだからな!」
 やめろ! やめろ! あたしが叫びながら力ずくで留金を外すと、水が滴るケープとマントが肩からずり落ちた。膝を立てて上半身を起こすと、マントを繋いだ金のチェーンを引きちぎった!
 べしゃりと重いマントが地面に落ちる音を聞きながら、あたしは駆け出した。羽が生えたように軽くなった体が、坂の果てにある光へ飛び込んだ!

熱くなってまいりましたヨォ!

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