ハコの厚みはここ次第!
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■ Profile ■
稲野 巧実
『ハコの開き』の管理人。
様々なゲームに浮気しつつ、アストルティアに度々出没する駄目社会人。ルアム【XI881-625】で冒険中。エンジョイ プクリポ 愛Deライフ! 貴方の旅に光あれ!
行動してから後悔しろが信条の体育会系思考。珈琲とチョコと芋けんぴがあれば生きて行ける!
様々なゲームに浮気しつつ、アストルティアに度々出没する駄目社会人。ルアム【XI881-625】で冒険中。エンジョイ プクリポ 愛Deライフ! 貴方の旅に光あれ!
行動してから後悔しろが信条の体育会系思考。珈琲とチョコと芋けんぴがあれば生きて行ける!
□ search □
最初の頃は村の周辺で数日には帰ってこれた旅路だが、島を出て遠方に向かう程に村に帰る日は遠退いて行った。一年に一度帰る程度になれば、もう、親などと名乗れる者ではなかろう。
理由は何であれ子供達は私達に恨み言一つ言って良い筈なのに、真っ直ぐに育ってくれた。私を父と呼び笑って出迎えてくれる様を見ると、村人達に私達は感謝し尽くせぬ想いだった。下げた頭がいつまでも上がらぬので、ルアムが心配して顔を覗き込んだことが何度あったか。
随分と遠くにやってきた時、私達の旅路に大きな転機が訪れた。
転機は無造作に伸ばした毛髪に細かな刺繍が擦り切れた古いローブを着た、世捨ての老賢者を絵に描いたような御人の姿をしていた。金属の棍を杖代わりにして体重を預け、白髪は銀細工のように世界の色を映し込み、肌は艶やかな赤金に照っている。黄金の瞳を優しげに細めた老人が私達を誘ったのだ。
「どうかね、若いの。私達と共に行かぬか?」
それは不思議な集団だった。年齢も種族も、職業も、てんでバラバラ。親子で参加している家族もあれば、仲の良い友人同士、当然一人で加わっている者もいる。目的も誰一人同じではなかったが、ほぼ全員に共通点があった。それが、私達の目的と重なっていたのだ。
「たった二人で達せられる目的ではなかろう。なぁに、参加も離脱も自由じゃ。其方達の目的を私が引き継いでも良い」
私達はその一団を率いる長老オバリス様のお言葉を、二つ返事で了承した。
たった二人、途方もない道を歩いてきた旅路が一変した。苦労した情報収集は誰かが聞いてきた内容を精査し、更に自分達が求めるものを聞き込みに行ける。毎日行う食事や洗濯、宿の手配を持ち回りで行うので、自由な時間が増えた。何より魔物や盗賊といった外敵から、集団故に身を守って貰える事に助けられた。そして所属する人員は入れ替わりが激しく、一度抜けて再び合流する者も、定期的に出たり入ったりを繰り返す者もいて、まるで小さな大地の箱舟のような集団だった。
そして何より嬉しかったのは、故郷に残した我が子達に会いに行けるようになった事だ。
大きな町に着けば、一団は補給を兼ねて数日間滞在する。その間、故郷に戻り子供達と過ごすよう、長老様が招きの翼を渡して送り出してくれたのだ。お陰で子供達に会いに行く間隔は、一月から半年に一度になった。あまりにも短い間隔で気兼ねする時や、重要な情報が得られそうな時は、妻だけ故郷に帰ってもらった。多くの土産を持たされて、私達は子供達に会いに行く。
やんちゃ盛りのテンレスと、しっかり者のルアム。二人の子供達の温もりに触れると、必ずや目的を達して帰らねばならないと思う。それでも子供達の成長を見守れる幸せを、私達は噛み締めていた。
旅は順調に運び、未来を変えられる、子供達の元に帰れると希望が灯った頃だった。
私達がいつものように村に戻ると、あったはずの村が焼き払われていたのだ。あの家は祖父母から妻の兄夫婦に譲られた家、旅に出る直前に子供を授かった夫婦が笑っていた家、一つ一つに大切な記憶が宿る故郷が瓦礫の山に成り果てている。駆け込んだ我が家は潰れていて、爪を剥がしながら梁を退けて子供達を探したが誰の遺体もなかった。豊作の時は見渡す限り青々と茂ったハツラツ豆の畑は、酷く汚染され腐った水に瘴気が溶け込み毒の沼地となっていた。亡骸は全て焼き尽くされたか獣に食われたか、弔うべき遺体一つ見つからなかったのだ。
滅んだ故郷を見た日は、酷く混乱していて記憶が曖昧だった。
ただ、後悔と妻の悲鳴が頭の中に反響して、目がちかちかと霞んでいた。
私達の旅に子供達も連れて来れば、死なずに済んだのではないか。守るべき子供達が死んでしまうだなんて、私達の旅は何だったのか! 村が滅ぶことをアバ様が知らない訳がない。どうして、私達を頼ってくれなかったのか!
このまま子供達の後を追おう。
強い死への願望に突き動かされる私達の背に、ぽっと温もりが灯った。いっておいで。長老様の柔らかい声が聞こえる。楽しんできなよ。そう、快活に言い放つ仲間達の笑い声。家族がいるっていいもんだ。しみじみと噛み締める呟き。
恐ろしい時間を掛けて開いた手から、刃物がこぼれ落ちて地面に刺さった。強く握りすぎて手も腕も震えていた。
「…もどろう。このまま死んでは、長老様達が探しに来てしまう」
私の言葉に妻もゆっくりと頷いた。
うちの主人公の兄弟姉妹の親は、結構まめに帰ってきてくれた設定です。
DQ3完全版か精霊ルビス伝説を持ってる人ならニヤリとするオバリスです。あ、でも精霊ルビス伝説は上製本に載ってるかな?文庫版なら載ってます。
アーヴとエムリヤ夫妻は、このオバリスが牽引する一団と共に行動しています。その為に、まめにエテーネ村に戻ってきて子供達と過ごしています。流石にゲーム上のクエストが村を出て以来の再会だと、主人公が弟や妹であった場合に絶対覚えていない。両親だって主人公の顔が変わって覚えていられるか?って感じです。その対策としてマメに戻れる夫妻の協力者を付けました。DQ3完全版を読んでる人なら、オバリスの目的もご存じでしょう。
エムリヤ。子供達を頼む。
そう妻に言った旅立ちの日を、今も鮮明に覚えている。
エテーネ村に時折生まれる未来を見通す力。未来は絶対ではないが、変える事は簡単ではない。それでも私はアバ様より告げられた未来を変える為、旅立とうとしていた。
五つ目の神話で勇者の祖父が乳飲み子を抱いて故郷を旅立つ事に比べれば、5歳になる下の子とその兄を連れて行く事は容易い。しかし旅の空の下、妻と子供達に苦難を強いたくはなかった。
口の中に水溜りができるような蒸し暑い日は、青臭い森の匂いが鼻を刺す程に強かった。陽炎にゆらめく村を飲み込む黒々とした森の入り口で、妻は子供達と手を繋いで私を見送りに来てくれた。途方もない困難な道に踏み出そうとする私を想って流れる涙を拭い、妻を抱きしめた。
「エムリヤ。子供達を頼む」
アーヴ。妻が私の名を呼んで、私の胸に顔を押し付けた。胸に押しつけた唇が『私もいきます』と囁いた。
言葉を失った私に、顔を上げた妻は矢継ぎ早に行った。
「私は後悔したくありません。貴方に任せておきながら未来が変わらなかったら、私は貴方を恨むでしょう。アバ様のお告げが現実のものとならぬ為に、私も力を尽くしたい」
「子供達はどうするんだ」
目的を果たす道は、旅人が通るような道ではなかった。街道を通っても、最終的に目指すのは辺境の地や世界の果てといった場所ばかりになるだろう。魔物と遭遇する確率など語るに及ばず、さらには悪路に足を掬われて事故死する事も十分にありうる。子供を救う旅なのに、子供を危険に晒しては本末転倒だ。
私達が声を強めて言い合うのを、幼いルアムはきょとんと見上げている。
「私の親戚に託します」
小さい村には親のいない子供も少なくない。狩りの最中に魔物に襲われ命を落とす父。産後の肥立ちが悪く儚くなる新妻も多かった。両親と死別して残された子供は親族の家に託され、親族も居ない子供は最も年の近い子供がいる家の子となる。
一つの家族という小さい村。妻の親族を信頼していない訳ではない。
ただ、幼い子供達を村に残して世界を旅する私達夫婦は、褒められた人間ではないだろう。子供達は私達に捨てられたと恨まないだろうか? 親に捨てられた子供だと、他の子供達に虐められたりしないだろうか? 雷と雨が建物を揺らすような酷い嵐の夜に、子供達を抱きしめることが出来ないもどかしさ。
妻の親族なら私達の代わりに愛情を注いでくれるだろう。ましてや、アバ様のお告げを絶対視する村人達は、それでも我が子の為にと旅立つ私を応援していた。
あぁ、だが! 私は己の心を掻き毟るように乱れた。
妻が傍にいて旅を支えてくれる未来は、どんな黄金よりも魅力的だった。踏み出す先にある不安や孤独が、妻の一言で融解していくのが分かる。目的へ向かって途方もなく続く無味乾燥とした道端に、花が咲き、鳥が歌い、暖かく日が差すのを感じずにはいられない。
私がホーロー様のように強い心を持っていれば、一人で行くと断言できるのに…!
手の震えは全身に行き渡り、側からは痙攣しているように見えただろう。このまま本当に痙攣して倒れてしまえば良いのに、悪魔の悪戯か私の手は動いてしまった。
子供達の手を解かせ、私は妻の手を取ったのだ。
ここで登場、エテーネ村のご両親!
前編で父親の方を書こうと思ったらうまくいかなかったので、前編後編でやろうと思った順序を交換しました。新幹線の中で父・母・父と二転三転させ、最終的に家で母視点で終盤まで書いておきながら父視点に戻った発狂的物件。
ゲーム上では両親がスゥパァドゥライで悲しかったので、生きてることをめっちゃ喜んでもらいたいって思っていまして登場させました。スゥパァドゥライにならなかった理由は、次あたりで書きます。
拍手に感謝!ぱちぱちっと嬉しいです!ありがとうございます!
そう妻に言った旅立ちの日を、今も鮮明に覚えている。
エテーネ村に時折生まれる未来を見通す力。未来は絶対ではないが、変える事は簡単ではない。それでも私はアバ様より告げられた未来を変える為、旅立とうとしていた。
五つ目の神話で勇者の祖父が乳飲み子を抱いて故郷を旅立つ事に比べれば、5歳になる下の子とその兄を連れて行く事は容易い。しかし旅の空の下、妻と子供達に苦難を強いたくはなかった。
口の中に水溜りができるような蒸し暑い日は、青臭い森の匂いが鼻を刺す程に強かった。陽炎にゆらめく村を飲み込む黒々とした森の入り口で、妻は子供達と手を繋いで私を見送りに来てくれた。途方もない困難な道に踏み出そうとする私を想って流れる涙を拭い、妻を抱きしめた。
「エムリヤ。子供達を頼む」
アーヴ。妻が私の名を呼んで、私の胸に顔を押し付けた。胸に押しつけた唇が『私もいきます』と囁いた。
言葉を失った私に、顔を上げた妻は矢継ぎ早に行った。
「私は後悔したくありません。貴方に任せておきながら未来が変わらなかったら、私は貴方を恨むでしょう。アバ様のお告げが現実のものとならぬ為に、私も力を尽くしたい」
「子供達はどうするんだ」
目的を果たす道は、旅人が通るような道ではなかった。街道を通っても、最終的に目指すのは辺境の地や世界の果てといった場所ばかりになるだろう。魔物と遭遇する確率など語るに及ばず、さらには悪路に足を掬われて事故死する事も十分にありうる。子供を救う旅なのに、子供を危険に晒しては本末転倒だ。
私達が声を強めて言い合うのを、幼いルアムはきょとんと見上げている。
「私の親戚に託します」
小さい村には親のいない子供も少なくない。狩りの最中に魔物に襲われ命を落とす父。産後の肥立ちが悪く儚くなる新妻も多かった。両親と死別して残された子供は親族の家に託され、親族も居ない子供は最も年の近い子供がいる家の子となる。
一つの家族という小さい村。妻の親族を信頼していない訳ではない。
ただ、幼い子供達を村に残して世界を旅する私達夫婦は、褒められた人間ではないだろう。子供達は私達に捨てられたと恨まないだろうか? 親に捨てられた子供だと、他の子供達に虐められたりしないだろうか? 雷と雨が建物を揺らすような酷い嵐の夜に、子供達を抱きしめることが出来ないもどかしさ。
妻の親族なら私達の代わりに愛情を注いでくれるだろう。ましてや、アバ様のお告げを絶対視する村人達は、それでも我が子の為にと旅立つ私を応援していた。
あぁ、だが! 私は己の心を掻き毟るように乱れた。
妻が傍にいて旅を支えてくれる未来は、どんな黄金よりも魅力的だった。踏み出す先にある不安や孤独が、妻の一言で融解していくのが分かる。目的へ向かって途方もなく続く無味乾燥とした道端に、花が咲き、鳥が歌い、暖かく日が差すのを感じずにはいられない。
私がホーロー様のように強い心を持っていれば、一人で行くと断言できるのに…!
手の震えは全身に行き渡り、側からは痙攣しているように見えただろう。このまま本当に痙攣して倒れてしまえば良いのに、悪魔の悪戯か私の手は動いてしまった。
子供達の手を解かせ、私は妻の手を取ったのだ。
ここで登場、エテーネ村のご両親!
前編で父親の方を書こうと思ったらうまくいかなかったので、前編後編でやろうと思った順序を交換しました。新幹線の中で父・母・父と二転三転させ、最終的に家で母視点で終盤まで書いておきながら父視点に戻った発狂的物件。
ゲーム上では両親がスゥパァドゥライで悲しかったので、生きてることをめっちゃ喜んでもらいたいって思っていまして登場させました。スゥパァドゥライにならなかった理由は、次あたりで書きます。
拍手に感謝!ぱちぱちっと嬉しいです!ありがとうございます!
王都へ繋がる転移装置の入力事項は機密なので、僕らはそれを入れてもらう為に装置の前で待っていた。移動装置と玄関の間は見事な庭になっていて、まるで天上の楽園みたいな花々で彩られている。蝶が舞い、鳥の囀りが聞こえて、池で泳ぐ魚が煌めいている。
「君のお陰で、僕の疑いも随分と早く晴れてくれたよ」
レナートさんの言葉に、僕は首を傾げた。
翌日になっても兄さんは目覚めず、王都キィンベルへ降りて医師に診せることになった。身一つで放り出された僕が持っているのは、護身用の短剣に、腰のベルトに固定した銀の小箱や路銀を収納したポーチ。そして僕の原始獣のコートの裾を外して巻いた、意識がない兄さんだけだ。
僕と同じくレナートさんも王都へ降ろされる。確かに屋敷に迷い込んだが、問題を起こさなかったので無罪放免なんだって。冒険者らしく荷物は腰に下げた鞄一つで、腰には大量生産された鋼鉄の剣が下げられている。
確かに、あの一件から完全にお客様だ。それは僕のお陰だってレナートさんは言う。
「メレアーデ様は君を試したんだ」
銀の小箱を持ち出したポーラさんを裁く時、メレアーデ様は『ルアムが望む全ての要求を呑む』と宣言した。多くの執事や従業員が証人として宣言を聞いていて、王族の娘として正式な発言となった。レナートさんの説明が淡々と続く。
「悪い考えを持つ者なら、その宣言を利用しない手はない。国が一つ買えてしまう金額を望めば手に入り、王国の重役に取り立てろと言えば叶っただろう。メレアーデ様に命をもって償えと言えば、彼女は自害したに違いない」
僕は空いた口から『そんなこと、考えたこともなかった…』と声を漏らすのが精一杯だった。
君はそういう子なんだろうね。レナートさんが一つ笑い声を漏らして、兄さんを抱いていない方の手を取った。手の甲に浮かんだ、翼を広げた鳳のような不思議な痣が目を引いた。
「君は己が潔白であると証明したんだよ」
そして侍女が起こした屋敷にとって不名誉な出来事は、元々なかったことになった。ポーラさんは屋敷を解雇される理由はなくなり、ドミネウスは屋敷は従者をコントロールできないと能力の低さを侮られることはない。
メレアーデ様は早速、ポーラさんのお母様の薬を手配したそうだよ。そう言いながら、レナートさんはゆったりと言葉を紡いでいく。
「主人の命と財産、そして名誉。彼らが守りたい物事を君は守った。そんな君の気質を見抜いたメレアーデ様の目は確かだったようだ」
断言されて僕は顔から火が出そうだった。誰も見てなくて良かった。
「ねぇ、クロちゃん。もう少し、もうちょっとだけ待てない? ダメなの? ダメなのねー。もう、しょうがないんだから!」
閉じた玄関の向こうから、デレデレなメレアーデ様の声と黒猫の猫撫で声がハーモニーを奏でる。お見送りに玄関まで来たメレアーデ様だったが、黒猫の愛くるしいおねだりに魅了されてしまったのだろう。『二人とも、直ぐに戻るからね!』と元気な声を玄関先に置き去りにして、メレアーデ様は愛猫のおやつを求めて行ってしまう。
「レナートさんは、急ぐ旅じゃないんですか?」
物置部屋でのんびりしていたんだ。愛猫のおやつタイムくらい待てるだろう。思った通り『大丈夫、急がないよ』と、返事が返ってくる。
「僕も大切な人を助ける為に旅をしているんだ。ずっと。助けられるまで…」
背筋を悪寒が走った。空気が澱んで木々の騒めきが消え、蝶の羽ばたきが静止したように緩慢になっている。レナートさんは笑みを浮かべたまま、立ち尽くしていた。胸の中の兄さんは意識がないまま。僕は自然と助けを求めて玄関先に目を向けて、そこに一人の女性が立っていることに気がついた。
「メレアーデ様?」
そこに立っているのはメレアーデ様だった。美しい紫の髪は光の下で赤や青の煌めきに移ろい、赤いリボンで結んだ長い髪は背中へ流れる。碧の大きくぱっちりとした瞳も、整った目鼻立ちも、さっき会ったメレアーデ様と全く同じ。
服はドレスではなく冒険者風の装いだ。皮を鞣した動きやすい丈のワンピースをベルトで止め、首に巻いたマフラーが風を含む。靴も実用一辺倒で、使い慣れた様子で足を運ぶ。もしかして、お忍びで一緒に王都へ行くつもりなんだろうか?
しげしげと見れば見るほど、目の前のメレアーデ様は本当にメレアーデ様なのだろうか?と疑問が浮かぶ。メレアーデ様なのに、別人のような雰囲気なんだ。
「やっと会えた…」
そう僕を見据えて零したのは、感慨深さが滲み出る重い声だった。
「ルアム。貴方にこれを託します」
メレアーデ様が差し出したのは、握り拳くらいの赤い正八面体の結晶だ。透き通った結晶越しでも、メレアーデ様の手が手入れの行き届いたお嬢様の手ではなく冒険者の手だと分かる。思わず差し出された結晶を受け取ると、メレアーデ様は言葉を続ける。
「エテーネ王国の王都キィンベルへ。私の弟…クオードにこの記憶の赤結晶を渡してください」
それはメレアーデ様がした方が良いんじゃない?
兄さん共々一方的に縛り上げた敵意いっぱいの顔を思い出して、僕は表情が渋くなるのを堪えられなかった。僕の反応を黙殺したメレアーデ様が続ける。
「必ず、貴方とクオードが揃った状態で、赤結晶の中身を確認するのです」
何が記録されているんだろう?『二人とも仲良くしなさい』って内容じゃ、絶対ないだろうな。僕が赤い結晶を覗き込んでいると、メレアーデ様の手が顔の前に翳される。
「その前に……貴方は見なくてはならない」
甲高い音を一つ立てて、ポーチから銀の小箱が飛び出してきた!
「この世の、終末を…」
メレアーデ様が翳した掌の前で、銀の小箱が回転して強い光を放つ。その光はその場にいた全てを、蛍光色の光に塗り替えてしまう。立っていた地面が消えて落ちる感覚が襲った瞬間、確かに、メレアーデ様は言った。
「ルアム。貴方を信じているわ…」
祈るように、願うように、言葉は僕へ手向けられた。
おわっっっっった!!!!!
この後のことまで入れちゃうとボリューム満点すぎて逆流しそうなので、次にしたい!!!
「君のお陰で、僕の疑いも随分と早く晴れてくれたよ」
レナートさんの言葉に、僕は首を傾げた。
翌日になっても兄さんは目覚めず、王都キィンベルへ降りて医師に診せることになった。身一つで放り出された僕が持っているのは、護身用の短剣に、腰のベルトに固定した銀の小箱や路銀を収納したポーチ。そして僕の原始獣のコートの裾を外して巻いた、意識がない兄さんだけだ。
僕と同じくレナートさんも王都へ降ろされる。確かに屋敷に迷い込んだが、問題を起こさなかったので無罪放免なんだって。冒険者らしく荷物は腰に下げた鞄一つで、腰には大量生産された鋼鉄の剣が下げられている。
確かに、あの一件から完全にお客様だ。それは僕のお陰だってレナートさんは言う。
「メレアーデ様は君を試したんだ」
銀の小箱を持ち出したポーラさんを裁く時、メレアーデ様は『ルアムが望む全ての要求を呑む』と宣言した。多くの執事や従業員が証人として宣言を聞いていて、王族の娘として正式な発言となった。レナートさんの説明が淡々と続く。
「悪い考えを持つ者なら、その宣言を利用しない手はない。国が一つ買えてしまう金額を望めば手に入り、王国の重役に取り立てろと言えば叶っただろう。メレアーデ様に命をもって償えと言えば、彼女は自害したに違いない」
僕は空いた口から『そんなこと、考えたこともなかった…』と声を漏らすのが精一杯だった。
君はそういう子なんだろうね。レナートさんが一つ笑い声を漏らして、兄さんを抱いていない方の手を取った。手の甲に浮かんだ、翼を広げた鳳のような不思議な痣が目を引いた。
「君は己が潔白であると証明したんだよ」
そして侍女が起こした屋敷にとって不名誉な出来事は、元々なかったことになった。ポーラさんは屋敷を解雇される理由はなくなり、ドミネウスは屋敷は従者をコントロールできないと能力の低さを侮られることはない。
メレアーデ様は早速、ポーラさんのお母様の薬を手配したそうだよ。そう言いながら、レナートさんはゆったりと言葉を紡いでいく。
「主人の命と財産、そして名誉。彼らが守りたい物事を君は守った。そんな君の気質を見抜いたメレアーデ様の目は確かだったようだ」
断言されて僕は顔から火が出そうだった。誰も見てなくて良かった。
「ねぇ、クロちゃん。もう少し、もうちょっとだけ待てない? ダメなの? ダメなのねー。もう、しょうがないんだから!」
閉じた玄関の向こうから、デレデレなメレアーデ様の声と黒猫の猫撫で声がハーモニーを奏でる。お見送りに玄関まで来たメレアーデ様だったが、黒猫の愛くるしいおねだりに魅了されてしまったのだろう。『二人とも、直ぐに戻るからね!』と元気な声を玄関先に置き去りにして、メレアーデ様は愛猫のおやつを求めて行ってしまう。
「レナートさんは、急ぐ旅じゃないんですか?」
物置部屋でのんびりしていたんだ。愛猫のおやつタイムくらい待てるだろう。思った通り『大丈夫、急がないよ』と、返事が返ってくる。
「僕も大切な人を助ける為に旅をしているんだ。ずっと。助けられるまで…」
背筋を悪寒が走った。空気が澱んで木々の騒めきが消え、蝶の羽ばたきが静止したように緩慢になっている。レナートさんは笑みを浮かべたまま、立ち尽くしていた。胸の中の兄さんは意識がないまま。僕は自然と助けを求めて玄関先に目を向けて、そこに一人の女性が立っていることに気がついた。
「メレアーデ様?」
そこに立っているのはメレアーデ様だった。美しい紫の髪は光の下で赤や青の煌めきに移ろい、赤いリボンで結んだ長い髪は背中へ流れる。碧の大きくぱっちりとした瞳も、整った目鼻立ちも、さっき会ったメレアーデ様と全く同じ。
服はドレスではなく冒険者風の装いだ。皮を鞣した動きやすい丈のワンピースをベルトで止め、首に巻いたマフラーが風を含む。靴も実用一辺倒で、使い慣れた様子で足を運ぶ。もしかして、お忍びで一緒に王都へ行くつもりなんだろうか?
しげしげと見れば見るほど、目の前のメレアーデ様は本当にメレアーデ様なのだろうか?と疑問が浮かぶ。メレアーデ様なのに、別人のような雰囲気なんだ。
「やっと会えた…」
そう僕を見据えて零したのは、感慨深さが滲み出る重い声だった。
「ルアム。貴方にこれを託します」
メレアーデ様が差し出したのは、握り拳くらいの赤い正八面体の結晶だ。透き通った結晶越しでも、メレアーデ様の手が手入れの行き届いたお嬢様の手ではなく冒険者の手だと分かる。思わず差し出された結晶を受け取ると、メレアーデ様は言葉を続ける。
「エテーネ王国の王都キィンベルへ。私の弟…クオードにこの記憶の赤結晶を渡してください」
それはメレアーデ様がした方が良いんじゃない?
兄さん共々一方的に縛り上げた敵意いっぱいの顔を思い出して、僕は表情が渋くなるのを堪えられなかった。僕の反応を黙殺したメレアーデ様が続ける。
「必ず、貴方とクオードが揃った状態で、赤結晶の中身を確認するのです」
何が記録されているんだろう?『二人とも仲良くしなさい』って内容じゃ、絶対ないだろうな。僕が赤い結晶を覗き込んでいると、メレアーデ様の手が顔の前に翳される。
「その前に……貴方は見なくてはならない」
甲高い音を一つ立てて、ポーチから銀の小箱が飛び出してきた!
「この世の、終末を…」
メレアーデ様が翳した掌の前で、銀の小箱が回転して強い光を放つ。その光はその場にいた全てを、蛍光色の光に塗り替えてしまう。立っていた地面が消えて落ちる感覚が襲った瞬間、確かに、メレアーデ様は言った。
「ルアム。貴方を信じているわ…」
祈るように、願うように、言葉は僕へ手向けられた。
おわっっっっった!!!!!
この後のことまで入れちゃうとボリューム満点すぎて逆流しそうなので、次にしたい!!!
「銀の小箱をクオード様のお部屋から持ち出したのは、私です。あまりに綺麗な箱だったので、つい、出来心で…。屋敷を追い出される覚悟はできております」
覚悟を決めた固い言葉。銀の小箱が震える手で、ポーラさんの後悔を叫ぶように光を反射する。キツく後悔の原因を握りしめる手を、メレアーデ様が掬い上げるように取り、もう片手で包み込んだ。上がらない頭に巡っている断罪の恐怖を鎮めようと、メレアーデ様は子守唄でも歌うように穏やかに言葉を紡ぐ。
「ねぇ、ポーラ。まだ、何か隠しているわね?」
はっと上がった顔を、メレアーデ様は見定めるように見つめる。
「貴女がそんな理由で盗みを働く人じゃないって、私は知っているもの」
メレアーデ様…! 黒縁の眼鏡の下を幾筋も涙が伝い、伏せた顔から嗚咽が漏れる。途切れ途切れに語ったのは、ポーラさんの母が病に倒れ、治療の為に高価な薬が必要なことだった。美しい銀の小箱を見て、これを売れば母の薬を工面できると思ってしまったこと。本当に申し訳ございませんでした。頭が床に付いてしまいそうな程に下げた後頭部に、メレアーデ様は問う。
「お母様の薬の為に換金するなら、屋敷に置いてある物を持ち出しても良かったのよ? なぜ、ルアムの箱を選んだの?」
「私はこの屋敷に勤める者。屋敷の物に手を出すことはなりません」
なるほど、主人の物に手を出せば屋敷を追い出されるという制裁が降る。それに主人の物に手を出したという悪評は瞬く間に広がり、ポーラさんは侍女として誰かに仕えることは二度と出来なくなるだろう。しかし僕が諦めて熱りさえ冷めてしまえば、外部の人間の私物が紛失したことなど問題にすらならない。
僕にとって非常に大事な物であったのが、ポーラさんの誤算だったんだ。
「貴女の罪を裁くのは、この屋敷を預かる私ではありません」
メレアーデ様はポーラさんの手を離して、一歩身を引いた。
僕の肩に細い手が置かれ、そっと背中を押される。メレアーデ様に並んだ僕は、黒い頭頂部にできた旋毛から見える白い頭皮が月のように光って見えた。
「この銀の箱の持ち主であるルアムが、貴女を裁きます。この屋敷で起きた全ての責任をドミネウスの娘メレアーデは負い、ルアムが下した沙汰を完全に遂行することを誓いましょう」
え? 戸惑いが口から押し出された。
確かに銀の小箱が持っていかれて、戻ってこないかもって思った。でも、目の前に銀の小箱はあって、ポーラさんは一緒に働く仲間の前で罪を暴かれ、罪を認めて後悔に打ち拉がれている。これ以上、僕に何を裁けって言うんだろう?
ぶるぶると身を激しく振るわせ、立っているのもやっとなポーラさんが可哀想だった。僕は震えるポーラさんに一歩近づき、肘を支えた。驚いてびくりと跳ねた細い腕が、雨に打たれたように冷え切っている。
「僕は今、大事な人の意識が戻らず、このまま死ぬかもしれない不安で頭がいっぱいです。それは、きっと貴女がお母様が病気になって死ぬかもしれないと思う恐怖と同じだと思っています。助ける為なら、自分が破滅したって構わない。その気持ちが、今の僕には痛いほど分かります」
歯の根も噛み合わず痙攣していた唇が開くと、大きな嗚咽が溢れた。膝が折れて崩れ落ちると、床に広がった白いエプロンに大粒の涙が次々に落ちてドレスの黒に塗り替えていく。
僕は膝を付き、ゆっくりとポーラさんの手を膝の上に下ろした。
「銀の小箱を手放してください。僕はこの屋敷で見失った物を、この屋敷で発見して拾ったのです。何の問題がありましょうか?」
真っ白くなるほどに銀の小箱に押し当てた指が、綻ぶように剥がれていく。雨樋に流れ込む水のように、箱は涙に濡れていく。指先と箱の間に滑り込んだ涙が滑り、銀の小箱はポーラさんのエプロンの上を転がって木の板を貼り合わせた床の上に落ちた。落ちた拍子に散った涙が、床の色を点々と塗り変える。
僕は銀の小箱を拾い上げると、謝罪が綯い交ぜになった嗚咽を吐き続けるポーラさんに頭を下げた。
「ポーラさん。ありがとうございます」
前後編どころか前中後くらいの長さになってきて白目です。
しかし、レナート君視点は前編なら可能だが、まだ明かしたくない情報が出ちゃう可能性もあるし、後編は絶対どちらかのルアムである必要があってここの流れではエテーネルアム君だけ。
そうなるとルアム君でこのながーい話を駆け抜けねばならぬ。しんどい。ながい。削れない。
クオードが銀の箱を屋敷の外に持ち出していないのに、部屋にはない。じゃあ、メレアーデ様の部屋から持ち出した銀の箱は、どこに行ってしまったんだろう? 首を傾げる僕の目の前で、メレアーデ様は執事さんに問う。
「クオードが出かけた後、部屋の清掃はしたのかしら?」
執事さんが掃除の担当者を聞き出すと、メレアーデ様は颯爽と歩き出す。
なんだか大事になってきたなぁ。見つかっても見つからなくても、この後、きちんとお礼を言わなきゃ。僕はメレアーデ様の後ろを追いかける。
侍女達が控える部屋を開け放ったメレアーデ様に、部屋の中にいた侍女達が一斉に立ち上がり頭を下げる。メレアーデ様が『頭を上げてちょうだい』と言っている間に、一番年嵩の侍女長らしき女性が歩み寄って来た。
「メレアーデ様、どうされました?」
「クオードの部屋を最後に掃除した者に、部屋に銀色の小箱が無かったか確認したいの。ジェリナンから担当がポーラだと聞いているわ」
左様でございますか。そうゆったりと答えた女性は、背後に控える女性達の中から『ポーラ。前へいらっしゃい』と呼び掛ける。艶やかな黒髪を肩口で切り揃え、黒縁の眼鏡を掛けた若い女性だ。颯爽と前へ進み出て会釈をする様子が、生真面目な性格さを窺わせる。
「ポーラ。クオード様の部屋に銀の小箱がありましたか?」
「いいえ。ありませんでした」
年嵩の侍女の問いに返された即答を聞きながら、僕は落胆を隠せなかった。
もう元の場所に戻ることは横に置いて、兄さんを治そう。テンレス兄さんには悪いけど、銀の小箱はなくしちゃいましたって謝れば良い。そう考えながら落とした視界に、メレアーデ様のドレスのスカートがフワリと前へ進む。
「ポーラ」
顔を上げると、メレアーデ様が黒髪の侍女の前に立っていた。あんなに無邪気な子供のようにはしゃいだ声からは想像できない、毅然とした声で静かに呼びかける。
「正直に答えてちょうだい」
「私は嘘など申しません」
ポーラと呼ばれた侍女は年下の主人に目礼するように目を伏せ、はっきりとした声で断言する。分厚い眼鏡のレンズの向こうにある瞳を覗き込むように、メレアーデ様は少しだけ屈んだ。
本当に? そう囁いた声が眉毛に被さるように切り揃えた前髪を、そっと揺らす。
「さっきと同じ答えを、私の目を見て言えるのね?」
息を詰まらして強張った体は、さらりとした黒髪を大きく震わせた。眼鏡越しの視線は床を舐めるように彷徨い、嘘を言わないと宣言した口が『それは…』『その…』と呻く。
己が犯人だと認めたも同然の反応だった。
でも、メレアーデ様は『貴女が盗みを働いたのね』と糾弾しない。主人である彼女が黙っているので、その場に居合わせた侍女達がひそひそと言葉を交わすこともない。ポーラさんが罪を認め謝罪するのを待っている微温い沈黙の中で、黒いスカートと白いエプロンが翻る。ポーラさんは自分の荷物をしまう棚から小さい布袋を取り出して戻ってくると、『申し訳ありません』と黒髪が深々と下げられた。
ポーラさんが布が取り払うと、テンレス兄さんから託された銀の小箱が息を大きく吸い込むように輝いた。
切りどころが難しいし、稲野の書く小説にしては一話が長すぎる。
しかし、メレアーデという今回のヒロインの性格が如実に語られたエピソードなので削るところがない。
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