ハコの厚みはここ次第!
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稲野 巧実
『ハコの開き』の管理人。
様々なゲームに浮気しつつ、アストルティアに度々出没する駄目社会人。ルアム【XI881-625】で冒険中。エンジョイ プクリポ 愛Deライフ! 貴方の旅に光あれ!
行動してから後悔しろが信条の体育会系思考。珈琲とチョコと芋けんぴがあれば生きて行ける!
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 魂の叫びが轟く空間で、ベルマの唇が『くだらん』と動いた。
 すっと背後に向けられた視線に振り返れば、真っ赤な魔物が背後に立っていた。どうして今まで気が付かなかったのだろう。真紅の塗装を施した機械のような体には、至る所に刺々しい突起が生えている。爪は長剣のように長く、大剣のような厚みから切れ味鋭く研ぎ澄まされている。全身を黄色い線が頭頂部に伸びた、長い角へ集中する。めぐらした顔らしき場所には、まん丸い月のような真円の硝子から黄金のような光が溢れかえっている。
「予定通り、魔法生物の強制破棄を執行する!」
 がちゃんと巨大な手が檻を挟み、爪が格子の間から中へ入り込む。
 チュラリスは全ての毛皮が弾け飛んでしまいそうな悲鳴を上げ、コポはこのまま消えてしまそうなくらい小さく縮こまり、ジョニールはクリーム色の体が霧散するほどに激しく震えている。そんな彼らを抱き止めて、シャンテはまっすぐあたしを見ていた。
 ラウラの蕾が綻び大輪の花弁が開くように、口が開いた。
 紡がれるのは、シャンテに教えた愛する人との別れを惜しむ歌。それは人の嗅覚では壮絶な不快感を伴う、人間ならざりし声だった。金属を引っ掻いた音を聞いたような不快感が、シャンテ自身の声量と合わさって問答無用で耳の中に押し込まれる。全身が粟立ち、頭の中を引っ掻き回され吐き気が込み上げる。流石のベルマも取り巻き共も、初めて聞くシャンテの歌声に耳を押さえて悶絶した。
 それは異形獣も同じだった。
 持ち上げた檻を取り落とし、悶えるように上半身を振った拍子に檻が転がった。歌が止んで頭を振ったベルマは、悶え苦しむ異形獣に怒鳴りつけた!
「どうしたというのだ! 言うことを聞け! その檻を崖から海に突き落とすんだ!」
 その怒りを敵意を見做したのか、異形獣はベルマに向かって爪を振り下ろした。取り巻きの一人がベルマに体当たりをして避けさせるが、その背中は掠っただけなのに深々と斬り裂かれている。痛みに悲鳴一つ上げず、異形獣から遠ざけようとする背中をベルマが叩く。
「どけっ! グレイン! あいつが『時の指針書』に書かれていた、危険な魔法生物だ! 殺せ!殺せぇ!」
 ベルマからから迸った言葉を認識して、あたしは怒りが込み上げてきた。
 『時の指針書』に危険な魔法生物を殺せと書いてあったから、エテーネ王国中に存在する全ての魔法生物を殺害したのか! 勿論、その魔法生物がシャンテの事を指していたとして、おいそれと妹を差し出すつもりはない。だが、ある程度特徴が示され候補が絞られれば、何の罪も関係もない数多の魔法生物は死なずにすんだだろう!
 なにがエテーネ王国の栄光だ!
 魔法生物を根絶させるまでに殺した事の方が、王国の損失だ!
 あたしは国王の身勝手さに、ぐつぐつと腹が煮え繰り返っちまいそうだった。


魔法生物事件の真相。いやー、よかったー。あきらかにならないかもって心配だったの(なに?)

 男性監督官二人に抑え込まれ、シャンテはベルマの前に膝をつかされていた。ベルマは取り巻きの一人に顎をしゃくって見せると、仮面をつけて窺い知れぬ顔がシャンテの後頭部へ向く。美しい黒髪の長髪を引っ張られたシャンテが、苦しいうめき声を上げて顔をのけぞらせた。
 黒い制服のせいで死人のように青白い指が、シャンテの首に伸びる。やめて、触らないで! と、シャンテが拒絶を叫び、髪を掴まれたままに首を激しく振った。
「そこには大きな傷跡があるから、絶対に見ちゃ駄目だって姉さんが!」
 あぁ、かわいそうに。ベルマが甘ったるい声を囁き、シャンテの頬を慈しむように撫でた。シャンテの瞳を覗き込んでいた視線が、あたしに向けられてはっきりと愉悦に歪む。
「そう、ご主人様に躾けられている事すら分からぬとはな。お前達が『家族』と呼ぶ魔法生物以下の扱いを、お前は受けているのだよっ!」
 強い語気の勢いと共に、シャンテの首元からチョーカーが毟り取られた。
 コーラルピンクと可愛らしいレースのフリルのチョーカーが、吹き込んだ潮風に飛ばされる。目の前に落ちて水を吸い込んで色が変わるチョーカーから、のろのろと視線を上げた。
 狂った笑い声が爆発した。
 目を大きく開けて、呆然と首に触れるシャンテがあたしを見ている。
 滑らかな真っ白い首元には、大災害で受けたという大きな傷跡など一つもない。
 喉仏の位置に、丸く磨かれた宝石が埋まっている。人間には絶対あり得ない、肌とは違う冷たく滑らかな石の感触。魔法人形の証である真紅の宝石を、健康的な肌色の指先が信じられないように何度も撫でていく。
 全てを理解したように、シャンテの瞳から涙が溢れた。
 シャンテの顔がぐらりと揺れる。ベルマの取り巻きの男性監督官達が、シャンテを檻の中に投げ込んだのだ。駆け寄った目の前で、乱暴に檻が閉じられる。ぐったりと項垂れるシャンテを労わるように取り囲んだ家族を、ベルマは穢らわしい物を見るように一瞥した。
「あぁ、執着もするはずだ。人間型の魔法生物は、現代の技術でも実現できていない。未発表のまま闇の葬られては、お前の功績は評価されないものなぁ」
 軍帽の下の表情が喜びを滲ませて、形の良い唇が甘い声を紡ぐ。
「錬金術師リンカ。人間型の魔法生物の発表の場を、用意してやろう。栄光ある第一号であるこの魔法生物は、王立アルケミアでさらなる研究の礎になる。功績が評価されれば『王立アルケミアの研究員の申し出を受けるべし』と、指針書に書き込まれるだろう」
 良かったなぁ! ベルマは歓声をシャンテに向けた。
「錬金術師にとって、魔法生物とは便利な道具。魔法生物たるお前も、ご主人様の栄光の助けになれて嬉しいだろう!」
「道具じゃない。あたしの大切な家族だ!」
 叫びながら振り抜いた拳は、殴りかかるのを予想して一歩下がった顔に届かなかった。ベルマの幼さすら感じさせる顔から拭ったように喜びは消え、蔑みの色が覆っていた。
 こんな奴にシャンテを絶対に渡さない。
 体の隅々まで調べ尽くされ、様々な実験は苦痛が伴うかもしれない。用が済めば機能停止されて未来永劫展示される。そんな未来にシャンテを送り出せるものか! 大事な家族を踏み台にして手に入れる栄光なんて、クソ喰らえだ!
「その子も、シャンテも、あたしの大切な妹だ!!」

存分に神経逆撫でしてくれるベルマ嬢。輝いてんなぁって思ってる。

 陽の光を反射した海水が奥へ奥へと光を投げ込むので、洞窟の中は神秘的な青い光で満たされていた。波の波紋が壁に青く照らし出され揺らめき、潮騒に混じってチュラリスの甲高い悲鳴が聞こえていた。しかし、駆け出す事はできない。海水と共に流れ込んだ風が、侵食して狭まった隙間を通って突風となって横から殴りつけてくる。しっかり踏ん張ってないと、橋みたいな道から落ちて海に真っ逆さまだ。
 真っ直ぐに開けた道にうたた寝していたガメゴン達が、あたしたちに気がついて首をもたげる。レナートが剣を構えて、あたしを先へ送り出す。
「全く、良く喋る虫ケラ供だ。バラバラに解体してから、海に破棄してやろう」
 低くとも響くベルマの声に続いて、金属をフォークで引っ掻いたような耳障りな咆哮が響く。家族の悲鳴が上がるのを歯を食いしばって聞きながら、海水に濡れた滑りやすい坂道を登る。
「ゼフの店の歌姫。命が惜しければ檻から出てこい。この魔法生物の破棄は、エテーネ王国の幸せの礎となる為に指針書に定められているのだから」
 そんなことないわ! シャンテの声が潮騒の残響を掻き消した。
「指針書が私達を幸せにするなんて嘘よ! 家族が死んだら、私達は絶対に幸せになんかなれない! 私は指針書を持ってないけど、姉さん達と幸せに生きているわ!」
 あたしは祈った。どうか、気が付かないでくれ。と。
 しかし、無情にもベルマの訝しむ声が潮騒の底を這う。『時の指針書』を盲目的に信奉する監督官は、シャンテが指針書を持っていないという言葉を逃さなかった。
「届け出には『リンジャハルの大災害で消失した』とあったな。指針書の再発行の手続きは行われていないが、魔法生物の件で少しでも疑いを消す為なら、再発行しない選択はない。もしや、できない…のか?」
「やめろ!」
 迸った私の声が洞窟の中を響き渡った。シャンテの『姉さん!』って驚いた声が、チュラリス達の『きちゃだめ!』って叫びが、やまびこのように帰ってくる。
 ぱちんと指を弾く音が響いた。
 なに? やめて! 来ないで! シャンテの怯える声に続いて、悲鳴が轟いた。
 こんな時に限って、滑る岩に足を取られあたしは盛大に転んでしまう。天井から雨のように滴ってくる水が、坂道に腹ばいになった服の内側に流れ込んで濡らしていく。ぐっしょりと濡れた白い毛皮で縁取られたケープとマントは、まるで岩のようにあたしの上にのしかかっていた。
 あたしは肘を立てて胸を起こすと、首元の留金へ手をやる。冷え切ったかじかむ手が、いつもは無意識で外す留金に苦戦する。早く。早く! 焦りが募るばかりで、指先から留金が逃げていく。顔に張り付いた前髪を乱暴に払い、見えもしない首元へ目を凝らす。
 耳障りな笑い声の合間に、なるほどと連呼される。
「時の指針書を持っていないのは当然だ! お前はエテーネ王国の人間ではないどころか、人間ですらないのだからな!」
 やめろ! やめろ! あたしが叫びながら力ずくで留金を外すと、水が滴るケープとマントが肩からずり落ちた。膝を立てて上半身を起こすと、マントを繋いだ金のチェーンを引きちぎった!
 べしゃりと重いマントが地面に落ちる音を聞きながら、あたしは駆け出した。羽が生えたように軽くなった体が、坂の果てにある光へ飛び込んだ!

熱くなってまいりましたヨォ!

「自分の命を軽んじてはいけない」
 有無を言わせぬ圧力に、思わず喉が詰まる。
 あたしを射抜く翠の瞳は、今にも泣きそうな程に切実な感情で張り詰めていた。少しでも気が緩めば、目の表面の水分が滴となってこぼれ落ちてしまいそうだ。まるで、あたしが大切な身内で、どうか死なないでくれと懇願されているようだった。
「大災害で妹さんが死んだと思った貴女なら、残された者の気持ちが分かるはずだ」
 リンジャハルの大災害の知らせを聞いた時、心臓が止まってしまったのかもしれない。胸から心臓が抉り出されたように激しく痛んで、肺が石になっちまったように息が吸えも吐けもしない。頭は大金槌に叩かれているかのように響いて、身体中の骨が砕け散ったように力が入らない。
 血の繋がった、たった一人の肉親。
 親父が死んだ後、絶対に守ってやるって誓った可愛い妹。
 大災害に巻き込まれた時、どれほどシャンテは恐ろしい目に遭っただろう。想像するだけで、リンジャハルの公演に同行しなかった過去の自分をぶん殴ってやりたかった。
 確かに隣国は、エテーネ王国の辺境よりも近かった。疫病が収束して復興で賑わうリンジャハルを、大災害が襲うだなんて誰も予想できやしなかった。行方不明者にはエテーネ国王の王弟がいるくらいだ。
「あぁ、そうさ」
 あたしは肯定して、大きく息を吸い込んだ。腹の底に力を溜めて、安全な所で待っていろと言わんばかりの視線を睨み返す。
 目の前で笑うシャンテが愛おしい。
 記憶がないあの子に、あたしはかつてのシャンテの全てを注ぎ込んだ。好きな食べ物はこれだと教えれば、本当に美味しいと目を輝かせた夕食。好きだった歌を一緒に歌って笑い合った午後の昼下がり。お世話になった人に挨拶をした清々しい朝。性格は教えるまでもなく、素直で良い子で妹そのものだ。口調はちょっと指摘するだけで、二度と同じ間違いを繰り返さない。
 全てを、素直に信じてくれた。一生懸命、あたしの妹であろうと努力して想ってくれる。
 たった一つ、思うようにならなかったのは下手な歌だけ。
 それすらも、愛おしくてたまらなかった。
 姉さん。そう、あたしを呼んでくれる妹。
「大事な妹と離れ離れになるなんざ、二度とごめんだ!」
 真剣な表情が小さく頷き、レナートは背に背負っている剣を引き抜いた。
 それは普段使っている大量生産の護身用の剣とは違う、黄金の翼を広げた鳥の鍔の片手剣。王立アルケミアの研究員だった父に足繁く通った幼い頃から、国宝と称されるユマテルの秘宝も、数え切れぬ最先端の錬金術を見てきた。しかし、そのどれと比べても眩い一品だ。太陽の光のような黄金に視線は吸い寄せられ、刀身の輝きは星空を見上げるかのように心を清めていく。神話にある勇者の剣を彷彿とさせる、この剣に断てぬ物はないと思わせる逸品だ。
「危険だと思ったら、直ぐに逃げてください」


レナート君は大事な人の為に命を投げ打つことに、おもうところがある。
リンカちゃんの啖呵が気持ちいいですねぇ!

 短い時間だったけれど、人生観が変わった気がした。
 馬から降ろされると、砕けた腰が白い砂浜にべたりと落ちる。毛皮の縁取りに砂が入り込んで洗うのが大変だけど、構ってなんかいられない。ざざん、ざざんと打ち寄せる波の音と、海鳥の呑気な声が、がなりたてる心臓を宥めてくれた。青い海の向こうには、大災害で滅んだリンジャハルの影が浮かんでいる。強い日差しに温められると、恐怖に竦んだ体が解れて余裕が出てきた。
 レナートは少し離れた所で、膝を付き砂浜を見つめていた。あたしの視線に気がついて顔を上げると、砂浜に深く刻まれた轍を示す。そして、獣とは思えない不思議な形の足跡もくっきりと残っていた。
「指針監督官達が、魔法生物を閉じ込めた柵は鋼鉄製の頑丈な物でした。あの大きさと重量では、運び込める範囲は随分と絞られますからね」
 ゼフが店を開けて直ぐの事だった。店に指針監督官達が押し入り、強制執行と称してチュラリスとコポとジョニールを連れ去ったのだ。シャンテの部屋に踏み入り、隠れていたコポまで引き摺り出しやがった。指針監督官が魔法生物登録記録を参照して、この店の魔法生物を全て把握した上で踏み込んできやがったんだ。
 錬金術師に闘う力はない。阻止しようと立ちはだかった あたしは、突き飛ばされてカウンターに体を打ちつける。『打ち所が悪ければ死んでいましたよ』と、嗜めるゼフ達は成す術なく家族を奪われてしまったのだ。
 リンカさん。顔を上げたあたしの目を、レナートが真っ直ぐ見つめてきた。
「この先は異形獣と戦う事になるでしょう。大変危険です」
 あたしは轍の先を見る。
 白浜の端は断崖絶壁が迫り出していて、海に侵食されて出来た天然洞窟の入り口がぽっかりと口を開けていた。激しい白波を反響して増幅させては、残響を吐き出し続けている。侵食に複雑化した海流は落ちた何もかもを粉砕してしまう危険さから、人には見せられない錬金術の失敗作を捨てる場所としてまことしやかに囁かれている洞窟だ。
 真っ暗闇から漂った冷気に舐め上げられて窄んだ勢いを、奮い立たせる。
「バカ言ってんじゃないよ。家族の為なら、あたしの命なんざ惜しくないんだよ」
 ラウラリエの丘からの帰り道、家族を連行中の指針監督官達と遭遇したのだ。
 当然シャンテは猛抗議し、予想だにしなかった場所で遭遇した相手に指針監督官も戸惑った様子だった。しかし、ベルマが『家族とやらと最後の時間を過ごさせてやろう』と、檻の中に入れてしまったのだ。
 この時、檻を乗せた荷台を引いていたのは辺境警備隊詰所を襲った異形獣という魔物だった。直接戦ったことのあるレナートは護身用の剣では倒す事ができないし、直ぐに檻の中にいた皆が殺される事はないだろうと判断したらしい。
 危険な洞窟で起きた不幸な事故を装い、シャンテも始末する腹積りだったろう。だけど後日、軍団長と面談予定のレナートがいれば、そう無茶もできない。そう踏んで、せめてシャンテだけでも救い出そうとしてくれていた。
 でも、シャンテだけ助ければ良いだなんて、あたしは思えない。
 チュラリスも、コポも、ジョニールも、あたしの家族なんだ!

これまでの経緯とか。

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