ハコの厚みはここ次第!
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■ Profile ■
稲野 巧実
『ハコの開き』の管理人。
様々なゲームに浮気しつつ、アストルティアに度々出没する駄目社会人。ルアム【XI881-625】で冒険中。エンジョイ プクリポ 愛Deライフ! 貴方の旅に光あれ!
行動してから後悔しろが信条の体育会系思考。珈琲とチョコと芋けんぴがあれば生きて行ける!
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 私は首を捻る。
 王立アルケミアの所長たるヨンゲ氏の邸宅は、当然王都にあります。自由人の集落から王都へ戻る『ルアム君』達に、手紙を託すのは理に適っているでしょう。しかし王立アルケミアの所長は最も優れた錬金術師であり、万が一の状況に備えて王立アルケミアに滞在しています。王都に降りる度に響く豪遊の噂を聞かぬのなら、ヨンゲ所長はキィンベルにはいないでしょう。第一、王立アルケミアも転送の門で繋がった浮島にあるのです。
 どうやって、ヨンゲ所長に手紙を突きつけるというのでしょう?
「秘密の通路の通行書持ってるなんてすごいね」
 ヒヒッとルオンの笑い声を聞いて、丸い尻尾がぼんと膨れ上がりました。
「わ! 棚が喋ってる! すげー。王都って棚も喋るんだなー」
 ミミックやパンドラチェストがある世界を渡る冒険者は、棚から声が聞こえる事に疑念を持たぬのでしょうか? それとも芸の道を行く者のならではの、冗談なのかもしれません。
 人見知りの激しいルオンが声を掛けるとは、人徳ならぬプク徳のなせる業でしょうね。くるんとあざとく首を傾げて、猫撫で声で棚に尋ねます。
「ねーねー。棚の旦那。秘密の通路ってなーに?」
「その話、自分にも聞かせてもらえないだろうか?」
 来店を告げるベルと共に開かれた扉は、外の光を店内に投げ込みました。くっきりと切り取られたがっしりとした体格の輪郭が、颯爽と店内に足を運ぶ。腰に穿いた二本の剣が歩く度に、ちゃりちゃりと金具と打ち合わさり音を立て、王都の住民なら決して立てぬ砂利が擦れる足音を響かせました。扉が閉まり店内の明かりに照らし出されたのは、腹に穴が開く度に治療をしてやった腐れ縁の顔でした。
「久しぶりですね、ファラス。いつお戻りに?」
 驚きに毛を逆立たせた猫耳が、目を見開いて真横に立つ影を見上げます。
 堂々と張った胸板や上腕の起伏が、日に焼かれた肌色と黒に塗り分ける。肩に掛かる硬い白金の髪は、獣の鬣のように後ろに撫で付けられている。澄んだアイスブルーダリアの色合いの瞳ですが、にこりと笑った頬にぽっかりと深く刻まれる笑窪に冷たい印象はないでしょう。胸元に手を当て目を軽く伏せて会釈する洗練された動作は、彼が粗野な冒険者ではないと誰もが察する事でしょう。
 当然、腐れ縁の私にはそんな上品なご挨拶はありません。ファラスは私に向き直ると、『昨日だ』と短く答えました。そして腕を組んで、困ったように項垂れたのです。
「マローネ様にご報告に参りたいのだが、転送の門が使えぬと途方に暮れていたところだ」
 プクリポであったら耳が垂れていそうな沈んだ雰囲気から、リンジャハルの大災害で行方不明になった主は見つからぬままのようですね。主の妻であるマローネ様や、まだ父の顔を知らぬ嬰児の為に、そして偉大なる主がこのような事で死ぬ訳が無いというファラス自身の確信から、行方不明者が全員死亡と処理された今も、彼は主を探してレンダーシア中を駆けているのです。
 私はファラスを仰反るように見上げるプクリポに示しました。
「ルアムさん、彼は私の旧友のファラスです。ファラス、こちらは旅人のルアムさん。キィンベルで枯渇している素材調達のお手伝いをしてくださっています」
 ほぉ。ファラスの口から感嘆の吐息が漏れると、膝を折りカウンターに腹這いになるプクリポと目線を合わせ、深々と頭を下げたのです。
「ルアム殿。エテーネ王国の臣民として、ご助力に心から感謝いたします」
 その丁寧すぎる態度にカウンターから転げ落ちてしまうと、ファラスの顔の下に猫よりもしなやかに潜り込む。たしたしと蒸しパンのような手が膝を叩いた。
「ファラスのおっちゃん、頭あげてよ。一緒に棚の旦那のお話聞こーぜ!」

ファラスさんいらっしゃいませぇえええええ!!!!!

旧友だし、さん付けしなくていい気がすると思いまして…。
実質二度目の登場となるファラスさんなんですが、ファラスって字面を何故か不思議に感じてしまいます。

 彼はルアムさん。レナートさんが探していた『ルアム君』の一人です。
 探していた『ルアム君』は実は二人いて、同名の人間の少年と男性のプクリポだったなんて想像もできませんでした。エテーネ王国にも他種族は存在しますが、どの種族も片手で数えられる程度です。しかもレナートさんがお会いした当時、プクリポの方の『ルアム君』は具合が悪かったので医療機関に問い合わせて直ぐにいない事を確認できたそうです。だからこそ、人間の少年の方の『ルアム君』を探していたのだそうです。
 無事に再会を果たした『ルアム君』達は、現在、レナートさんと共に採取の仕事に従事しています。しかも二人の『ルアム君』は採取に行きたい人を募って、彼らの護衛をしているのです。魔物が強い地域や危険な場所、難しい素材の採取はできませんが、多くの素材が王都キィンベルに齎されています。基礎素材の相場は、ここ数日で随分と安定してきています。
 本日の配達依頼の品は多くなかったので、直ぐに確認を終えて羽ペンを手に取ります。そこで、赤いぱっちりとした瞳が私の顔をじっと見ているのに気がつきました。
「私の顔に何かついていますか?」
 んーん。笑った形の唇をへの字に結び、気付け草の束のような髪が左右に揺れます。
「この前、ティプローネ高地に緊急依頼の素材取りに行った時に、自由人の集落の方に行ったんだ。そこで錬金術師に会ったんだけど、飲んだくれのおばちゃんでさー」
「ワグミカ女史ですね」
 名前を言い当てた事に、大袈裟に驚いたのはプクリポならではなのでしょう。
 ワグミカ女史はエテーネ王国の錬金術師なら一度はその名を聞くだろう、王立アルケミアの所長を務めた人物です。先代であれ王立アルケミアの所長の座を有した事は、エテーネ王国最高の錬金術師の代名詞。あの方ならば転送の門を修理できるでしょうが、例え軍団長が頭を下げにいき協力を仰いだとしても応じないでしょうね。
「女史はお元気でしたか?」
「全然死ななそーだけど、人生つまんなそーだった。 笑かしてやりたいって血が騒いだけど、なんか目が昇天の梯の先に行っちゃってて、目の前のオイラを見てくれてなくって悲しかったな」
 そうですか。相槌を打ちながら、私の胸も哀愁に冷えていました。
 ワグミカ女史は最高の錬金術師に付随する全ての名誉を捨て辞表を提出し、『時の指針書』を燃やして、自由人の集落に降ってしまいました。エテーネ王国の民がそれを成すという事は、王国のやり方に強い拒絶と絶望を抱いているに他なりません。
 あれほどの情熱に燃えていた方が、絶望に溺れてしまう様を想像するだけで胸が痛みます。生きながらに死んだと、親友の死に立ち会った時の悲しみがまざまざと蘇ります。
「旅の娘からバントリユの化け物の話を聞いたって凄んできてさ」
 異形獣の噂は自由人の集落にまで届いたようですね。
「王都に行くなら、ヨンゲに手紙を書くから持っていけ! ってペン持ったのはいーんだけど、カクテル作ってるみてーにブルブル震えててさー。結局、お供のキンキラのモーモンが代筆してくれたんだ」
 ヨンゲ所長に女史が手紙を…? 疑問が口をついたようで、うん、と肯定が返されます。 
「この後、相棒と届けに行くの。あの俗物のデコに突きつけて参れ!って念押された」

ここで登場ワグミカ女史。
私はこののんだくれちゃんが好きでしてねぇ。それをこんなふうに書かなきゃならないなんて、悲しいなぁ。人が一番悲しむのは死ぬ事ではなく変わってしまう事だって、トリニティブラッドの主人公の名前も忘れたがこれだけは覚えてます。

 エテーネ王国は権威の象徴のように浮島が浮かんでいます。錬金術の結晶たる浮島に、王宮を筆頭に、王族や要人の居住区、そして王国の重要施設が移転していきました。浮島には結界が張られて虫一匹入り込めず、転送の門を遮断すれば何人も入れぬ完璧な防衛を実現しました。
 そんな浮島と地上を結ぶ唯一の手段である転送の門が故障したのは、魔法生物の破棄で王都が混乱していた時期でした。
 安全上の理由で封鎖していると公表されていて、嘘ではありません。転送機能は動いています。正しく転送先に転送されているかが不明である事が、故障と判断されたのです。
 最初に転送の門の不調に疑問を持ったのは、軍部の兵士が戻らぬ事でした。
 王宮に報告を上げ、戻ってくる新兵でさえできる簡単な業務。しかし、王宮へ行った兵士は待てど暮らせど戻ってこない。様子を見に行った同僚も、同じく転送の門を潜ってそれっきり。それが三人も続いてしまえば、もう、偶然とは考えられなくなるのも当然でしょう。
 更に、王宮に上げる食材の目録を持って、定期的に王宮から降りて来るはずの人もこない。
 転送の門は正しく転送されず、使用した人々がどこへ転送されたかも未だ分かりません。失踪者を生み出した結果に、転送の門は故障していると結論付けられたのです。
 転送の門が故障した際に修繕を行うべきアルケミアとも繋がらぬなら、王都にいる錬金術師に依頼が出されます。しかし、王立アルケミアの錬金術師が担当している整備を、何の引き継ぎもなく王都の錬金術師にやらせようだなんて、一夕一朝の話では済みません。王都で店を構える錬金術師達はこの難題に『すぐには直せない』と返事をしたでしょう。私だって、先輩方と同じ答えを返しました。『日々生きる為の出費を気にせず』『湯水のように研究費用を用意して』『年単位』で『直せる』。それを十文字以内で簡潔にまとめたのが『すぐには直せない』なのです。
 この転送の門の不調は、まだ一般人が知らぬ事でした。
 しかし、魔法生物の破棄に躍起になって王都を引っ掻き回した指針監督官が拘束され、人々の生活が落ち着けば目に留まるのは時間の問題です。ルオンのいう通り、新聞記者が次の話題として転送の門の不調を挙げ、明日にでも記事に書かくのは冗談と言い切れません。
 王立アルケミアは王国が抱える専門機関。王国にペン先を向ける勇気がない記者達は、弱い我々にインクをぶち撒けるのです。指針監督官が連日来ていた時の売上も酷かったものですが、今暫く続いてしまうのでしょうね。
 やれやれ。途中で失敗を確信したような暗澹たる気持ちを払うように、首を振りました。軽やかなベルの音が来店を告げ、来店者は店内に元気な挨拶を響かせたのです。
「こぉんにちわぁ! 配達だぞぉ!」
 開いた扉を潜ったのは、私達の腰くらいの大きさしかない、ふわふわで猫耳のぬいぐるみ。いいえ、このエテーネ王国が存在するレンダーシアから、海を越えた大陸に住むプクリポという種族です。赤い毛皮にふわふわパンケーキな肌、屈託無い笑みと華やかな雰囲気を振りまく彼の手には大きな木箱が抱えられています。初めてのおつかいに来た幼子のような大きさでも、木箱を頭上に持ち上げてどっこらしょとカウンターに乗せてしまいました。
 ぴょこんと飛び上がってカウンターにお腹を乗せると、配達の品が書き連ねられた目録を差し出されます。にっと笑った拍子に、猫耳に似合う可愛らしい糸切り歯が覗きます。
「全部あったら、サインして欲しいんだぜ!」
 では、早速。私は荷物を改めつつ、暗くなった気持ちが吹き払われるのに気がつきました。

プクリポルアム復活です!!!!!!!

拍手に感謝!ぱちぱちっとありがとうございます!

 天の神よ、地の人よ。彼の者を讃えよ。
 その知恵と力を友の為に尽くせし、キュレクス。レトリウスの無二の親友である。
 行き倒れし放浪者の『静かに眠りたい』という願いの為に、レトリウスはその小柄な体を背負いゆっくりと四つの山を越えた。三日の後に目覚めると、放浪者は一杯の水と五つの果実を得て、瞬く間に活力を取り戻し、自らをキュレクスと名乗ったのである。
 レトリウスと友情を深めたキュレクスは放浪の旅を終え、マデ氏族に多くの恵みを齎した。
 二人の絆は時を超え、永遠に語り継がれている。

 ■ □ ■ □

 窓の鎧戸を開けると、澄んだ朝日が家の奥にまで差し込みました。
 チュラリスが大きな箒をよたよたと持って外の掃き掃除に向かえば、ジョニールが布巾を持ってカウンターや商品を磨き上げる。そうしている間に朝食が整い、家族が顔を合わせてテーブルを囲むのです。食後のお茶を楽しんだ後、私は店に掛けられたプレートを『営業中』にひっくり返します。開店をいまかいまかと待っていた急ぎのお客様がお帰りになられると、店に流れる時間はずいぶんとゆっくりとなります。その頃合いにカウンターの内側に置いた腰掛けに浅く座り、今朝投函された新聞に目を通すのです。
 錬金術師達はまずは朝刊にてバザーの相場を確認し、素材の値段やその素材からできる錬金術の品の相場がどう動くかを予想します。この読みが、店の収益に大きく反映されるのです。
 護衛の役目を果たしていた魔法生物の居ない状態では、採取の量が少ない状態が依然続いています。ここ数年では見た事もない高騰ぶりに、頭が痛くなりますね。それでも、神が垂らした蜘蛛の糸があるからこそ、この程度の値段で収まっているのです。もしもレナートさんがいなかったら、薬草一つに家が買える値段が付いた事でしょう。想像するのも恐ろしいですね。
 バザーの相場を流し読み終えると、一面に視線を落とします。
 王都に帰還したクオード軍団長の命令にて、魔法生物の破棄という指針書の是非を一旦白紙に戻した事が大きく記されています。指針監督官の職分を超えて国民を脅迫し、魔法生物の破棄が国民の生活を著しく損ねた事に、軍団長は特に苛烈な行為に及んだ指針監督官を軍法にて裁く事を決定したと書き立てられています。
 ここには書かれていませんが、異形獣を使役した事が決定打になったのでしょう。実際に軍団長が指針監督官達が使役している状況を目撃していなくとも、現在王国の民を脅かす脅威と何らかの繋がりがある者を野放しになどできません。異形獣との関係を洗い出さぬ限り、ベルマ達は私達の前に姿を現す事はないでしょう。
「ようやく安息の日々が訪れたけど、ちょっと遅かったね」
「ルオン。そんな事を言ってはいけませんよ」
 新聞を畳んで背を伸ばし声の方を振り返れば、カウンターの裏にある棚があるばかり。『イヒヒッ』と引き攣った笑い声が、この棚の裏にある弟の部屋から聞こえていました。
「明日からの一面記事は『転送の門封鎖事件』で埋め尽くされていくんだろうね。王立アルケミアの怠慢のことは書かないで、修繕依頼を断った僕達を無能だって揚げ足取るつもりなんだよ。安息の日々も今日限りだね」
 諦めを含んだ声に、私は嘆息して頷きました。

市場がハイパーインフレタイムです。
新バージョンの新素材の時は大変お世話になりました。個人的最高額はフォーレス鉱石250万ゴールドだった気がします。
魔法生物事件は一件落着したので、めっっっっちゃ緩やかではありますが魔法生物の製造が再開されて持ち直していく予定ではあります。魔法生物は力が強いとか手先が器用とか、コミュニケーション能力に優れてるとか仕様によって製造に数ヶ月から年単位掛かると考えています。

 もう一人の取り巻きがグレインと呼ばれた男からベルマを受け取ると、じりじりと後ずさる。ベルマは尚もけたたましく殺せと騒ぎ立てるが、その指示に従う者はいない。馬扱いしていた異形獣は、もう奴らの手には負えなくなっているのだと分かる。
 異形獣は手近にあった檻に爪を振り下ろす。
 がぁん! がぁん! 凄まじい音が響く度に、頑丈な鋼鉄の格子が大きく凹んでいきやがる!
「やめろぉおっ!」
 無駄だとはわかっている。それでも、あたしは異形獣に体当たりをしようとする。まるで虫でも払うように、ノコギリの歯のような尾があたしの頭へ振り下ろされようとしていた。世界が静止して洞窟の中に反響していた波の音が、シャンテの悲鳴が、ゆっくりと消えていく世界に、真っ赤で刺々しい死が夕暮れの日差しのように傾いてくる。逃げられるような速度なのに、縫い留められたように目が離せない。
 きん。
 一つ澄んだ音が響くと、まっすぐ上を向いていた尾が大きく揺らいだ。あたしの体を温かい何かが抱きとめると、尾から引き離される。真紅の尾が水飛沫を上げて落ちたと同時に、異形獣の絶叫が響き渡った。
「遅くなってすみません。運が悪く、ガメゴンロードに遭遇しましてね」
 あたしを下ろしてにっこりと笑ったレナートは、瞬く間に異形獣を切り伏した。まるで海老を腹の辺りで千切るように手の蛇腹部分を切り飛ばし、足の関節に剣を差し込んで横に切り裂けば足がすこんと外れてしまう。念のために角を切り落とすと、震え上がるような恐ろしい声をあげた。視線を回らせば、指針監督官達の姿はもうなかった。
 黄色い光が消えて力尽きた異形獣から視線を外すと、レナートは檻の鍵に剣の刃を当てる。こんと軽く叩くだけで、錠前が壊れて地面に落ちていった。
「姉さん!」
 シャンテが飛び出した次の瞬間、彼女の柔らかな感触があたしを抱きしめた。あぁ、姉さん! 真実を知って絶望しただろうに、あたしがバケモノに殺されそうになったのを本気で怖がって、こうして互いに生きている事を心から喜んでいる。妹の涙に、あたしも涙を堪えられなかった。
「ごめんな、シャンテ。今まで、本当にごめん」
 ベルマの言う通り、魔法生物の最低限の権利すらシャンテにはなかった。リンジャハルの大災害で死んだシャンテではなく、あたしが奇跡的に生み出した人型の魔法生物だから、あるべき記憶などあるはずがない。それなのに、あたしは嘘を吹き込んだ。記憶を蘇らせようと、無駄にシャンテを苦しめた。
 嘘で塗り固められても幸せだった日常。それはいつかは終わる。シャンテが喉に埋まった宝石に気がつく前に、あたしは真実を告げなきゃいけないって分かってた。分かってたんだ。
 でも、出来なかった。
 シャンテは、もう、本物のシャンテと同じくらい大事な存在だったんだ。
 大事にしたかった。二度と失いたくなかった。死んだシャンテに注げなかった幸せを、この子に存分に与えようって誓ったんだ!
「リンジャハルで死んだシャンテと、お前は違う。それでもお前は、あたしの妹だ。誰が、なんと言おうが、あたしの妹なんだよぉ!」
 華奢な体を折れんばかりに抱き締める。ずぶ濡れで泥だらけな体が押し当てられて、リンジャハルの公演に着た最後の舞台衣装と同じものをわざわざ作らせたってのに汚れちまう。ラウラリエの造花をあしらったコーラルピンクのオフショルダーのドレスは、シャンテのお気に入りだっってのに。涙が止まんなくって、シャンテの髪を濡らしちまうって分かってる。でも、想いが溢れてどうしようもなかった。
 あたしの背中に、そっとシャンテの腕が回る。
「確かにショックだった」
 でもね。胸にシャンテの暖かな息が掛かる。
「真実を知った今、私の気持ちを手に入れたの。記憶を失う前のシャンテじゃない、魔法生物である本当の私の気持ちを…」
 そっと胸が押されて、あたしは力を抜いた。
 エテーネ王国で開かれた公演を記録した、記憶の結晶から再現した完璧な妹の姿。瞳の色も、ぱっちりとした目元も、通った鼻筋も、健康的な頬の色、唇の形に歯並びまで。幼い頃から妹を知る誰もが、見抜く事ができなかった。
 器は簡単にできた。
 人の形の器を魔法生物とするのは、親父にすら成し遂げられなかった偉業だ。
 でも、そんな事はどうだっていい。
 魔法生物の性格は起動直後にある程度、誘導はできる。しかし同じ製造過程を経ても、気性が荒かったり、逆にのんびり屋だったりと、魔法生物には個性が存在した。命令すれば、魔法生物はその個性も押し殺して従ってくれるだろう。だが、個性を消す事はできなし、書き換える事もできない。親父はそれを『魂』と仮説立てていた。
 こんなにも妹を彷彿とさせる個性が、この世界に存在するならば、それは、きっと…
「私にとっての姉さんは、他の誰でもない、あなただけよ」
 大災害の日から、二度と見れないと諦めていた笑み。あぁ。その笑みを向けられるだけで、あたしの心は幸せに満たされる。抱きしめたあたしを、シャンテも強く抱き止めてくれた。
 妹は帰ってきた。あたしの元に、帰ってきてくれたんだ。


あぁーーーーーーー!!!!!!!よかった!!!!!!よかったあああああ!!!!!

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