ハコの厚みはここ次第!
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稲野 巧実
『ハコの開き』の管理人。
様々なゲームに浮気しつつ、アストルティアに度々出没する駄目社会人。ルアム【XI881-625】で冒険中。エンジョイ プクリポ 愛Deライフ! 貴方の旅に光あれ!
行動してから後悔しろが信条の体育会系思考。珈琲とチョコと芋けんぴがあれば生きて行ける!
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 怒っている訳じゃなく揶揄うような声に、レナートさんも気を悪くした雰囲気はない。『もしそんな事をしようものなら、明日、僕の顔半分が大きく腫れて…いえ、すみません』弾んだ声が、尻窄む。
「僕の調達した素材が、錬金術で薬になって実際に飲まれたのを見て感動したんですよ」
 王国の外の方には珍しい光景でしょうね。ゼフさんの言葉に気を取り直した返事を聞きながら、私は手に持ったカップを覗き込む。コーラルピンクのヘッドドレスをつけた黒髪の女性の碧の瞳と目があった。
「このお茶は姉さんが毎日作ってくれるんです。気分を落ち着かせて、記憶に良い効果があるんですって」
 姉さんが隣に腰掛けて現れたテーブルの向こうで、レナートさんがあっと口を開けた。
「すみません。コンギスさんから事情を聞いているのに…」
 コンギスさんは私達姉妹の父のお弟子さんだ。同じ宿で寝泊まりしている関係で、素材が採取できる場所や、素材がどんな錬金術に使われるかを話して仲が良いらしい。レナートさんが素材調達の仕事を短期で請け負うようになったのも、この薬草茶の材料であるネジガラミの根がないかコンギスさんに問い合わせたのが始まりだ。
「レナートさん、謝らないで」
 私はゆるく首を振った。
「優しい姉さんがいて、ゼフさんのお陰で不自由なく過ごせる。チュラリスやコポやジョニール達という家族がいる。私は記憶喪失になっても、いえ、記憶がないからこそ幸せなの」
 この家で目が覚めた時、私はシャンテという自分の名前すら思い出せなかった。私が目覚めた事に涙を浮かべて喜ぶ金髪の女性が、最愛の姉である事すら忘れていた。
 記憶を失う前の私は、『エテーネの歌姫』と評判になる歌声を披露していたらしい。その評判からリンジャハルから公演の招待を受け、私は快く招待に応じたらしい。
 しかし、その公演が行われた日、リンジャハルは大災害に見舞われた。
 救援のために翌日にはダーマ神に仕える僧兵が踏み込んだが、一つの大国に匹敵する賑わいを見せた都市に存在した人間は、まるで存在していないかのように忽然と消えていた。破壊の痕跡と石畳に生々しくこびり付いた鮮血の痕が残るだけで、消えた市民は魔物に皆殺しにされたであろうが、市民を殺した魔物の姿もない。大海を挟んだこのキィンベルからでさえ、深夜にも関わらずリンジャハルの空が晴天のように塗り替えられたという尋常でない何かが起きた事だけはわかった。
 リンジャハルの大災害で、多くの市民や旅人が方々に散って逃げた。魔物の縄張りに飛び込んで大怪我をした人もたくさんいて、半年経った今でも生存者の全貌は見えてこないらしい。私もリンジャハルから人が逃げ込んだ集落を虱潰しに探していた姉さんが、ようやく見つけ出せたから戻ってこれたそうだ。
 大災害を生き延びた人は、滅亡の夜の事を決して語らず、心に深い傷を残しているという。レナートさんも大災害の被害者の傷に触れてしまったと、申し訳なさそうに項垂れる。
「大災害の記憶が戻るのは恐ろしくないのですか?」


宿屋友達のレナートくんとコンギスさん。
異邦人と腫物扱いの錬金術師という異端っぷりがかえって、互いに仲良くなってしまった理由だったりします。

 いえいえ、大丈夫です。そうゼフさんが返事をし、店は素材の搬入で一気に慌ただしくなった。大きな木箱を逞しい背が悠々と運び、開け放たれた中身を総出で棚に納めていく。賑やかな一階の店舗に降りれば、冒険者さんへお茶を淹れている姉さんが手招いた。
 私が前に腰掛ければ、優しい顔がにこりと微笑みかけてくる。
 王都キィンベルに滞在している彼は、この店が素材を買い付ける道具屋さんに一時的に雇われている冒険者だ。魔法生物が姿を消したキィンベルでは、今は深刻な人手不足。特に護衛や運搬役として使っていた魔法生物を手放した商人達は、棚が空っぽで、何もしなくても高い王都の家賃が発生するという、阿鼻叫喚の地獄絵図の様相らしい。商人が素材を販売できなければ、それを購入して錬金する錬金術師の店も干上がってしまう。
 そんな地獄で喘ぐ者達に手を差し伸べたのが、辺境からやってきたレナートさんなんだって。
 辺境警備隊詰所で兵士と勤務していたので実力は言うに及ばないし、魔法生物が普及して乗り手が少なくなった馬を軍の兵士の誰よりも上手に乗りこなす。レナートさんはどんな難しい採取も二つ返事で引き受けてくれるから、神様みたいに拝んでいる商人のいるとか…。
 チュラリスがピンクのふわふわのしっぽを揺らして、小さい手に大きなお盆を乗せて運んでくる。『レナートさま どうぞ!』と少女のような舌っ足らずな声で、お客様用のお茶菓子をお出しする。ふわふわとしたクリームを絞ったような体にモノクルをつけたジョニールが、カップの遥か高みからお茶を華麗に注いでみせる。『このジョニール会心の一杯をご賞味あれ!』と蝶ネクタイを着けた胸が誇らしげに反る。
 私も姉さんからネジガラミの根を使った薬草茶を受け取る。
「何事もなく退いたようで安心しました」
 穏やかな雰囲気を見回して、レナートさんは小さな貝殻の形のマドレーヌを食んだ。気を揉ませてしまった事を申し訳なく思ったのか、ゼフさんがリストから顔を上げた。オリーブの実を彷彿とさせる燻んだ緑の髪の間で、丸い眼鏡のレンズが光る。
「貴方は『時の指針書』を持たない異邦人なので、指針監督官も深く関わろうとしません。しかし、貴方が採取途中の『不慮の事故』で死ぬ可能性もあり得ます」
 あいつらなら、やりかねないな。姉さんが使った錬金釜を片付けながら吐き捨てる。
「軍団長殿がお戻りになったら面会の予定があるので、それまでは大丈夫でしょう」
 軍団長って指針監督官よりも偉い人だよね。ふんわりと笑ってお茶を飲む横顔を盗み見ながら、レナートさんってすごい人なんだなぁって思う。
 その横顔が私の方を向いて、じっと見られてしまう。どぎまぎする私とレナートさんの間を、姉さんの夕暮れから夜空に移り変わる色彩に、金糸で星を縫い取ったマントが遮った。
「おっと、色男。あたしの妹に手を出したら承知しないぜ?」

異形獣の報告で宿代は軍部こと王国の負担なのですが、なんだかんだで働いてしまうレナートくんです。魔法生物事件はマジで百害あって一利なし物件っぽくて、書いても想像巡らせても利益が浮かばないんですけど。壁に囲まれたキィンベルが魔物の被害がないだけで、こんだけ苦しんでるのに、魔法生物を戦力として数えてそうな辺境警備隊詰所なんかお察しである。

 胸に収まったコポが『シャンテ だいじょうぶ。 だいじょうぶだよ』と囁いてくる。
 部屋の薄暗がりの中で燻んだ灰色にすら見える薄い碧色の体を強く抱きしめれば、ふわふわの見た目通りの柔らかい感触が伝わってくる。春の日差しのような暖かさが胸を温め、目を閉じて暗い世界に爽やかな新緑の香りが広がる。まるで綿毛の精に手足を生やした『おむつっこり』と呼ばれる魔物の姿だが、その胸には冷たく輝く赤い宝石があった。
「やれるもんなら、やってみやがれってんだ!」
 磨かれた飴色の床板を下から叩くような、激しい姉さんの声が聞こえた。いつも優しい姉さんの声とは思えない、燃えたぎる憎悪が篭った声だ。
 最近、私達を引き取ってくれたゼフさんのお店には、『悪いお客さん』がくるんだって。チュラリスが言うには、『悪いお客さん』はお店に来ても買い物も依頼もしないで帰ってしまうんだって。ゼフさんは錬金術のお店を営んでいるから、ひやかすだけのお客さんが『悪いお客』と言われてしまうのは仕方がない事なのかもしれないわね。
 でも、その『悪いお客さん』に対して、姉さんは声を荒げる。
 姉さんは意味もなく他人を攻撃したりしない。一体、どんな『悪いお客さん』なんだろうと訊ねれば、『シャンテが気にする事じゃない』とぶっきらぼうに言うの。ゼフさんも『悪いお客さん』がきている時は、二階の私の部屋にいなさいと言っている。確かに、私は錬金術師じゃないから何の役にも立てそうにない。
「あたしたちは権力や脅しには、屈しないよ! 錬金術師としてのプライドに賭けてね!」
 脅し。穏やかじゃない言葉が聞こえて、部屋の扉を薄く開ける。
 丁度王宮の影が差し込む時間帯で、店の中は夜のように暗かった。店である一階で灯る暖かい光に照らされて、吹き抜けた大きな壁一面に大きな三つの人影が揺らめいている。まぁ、良い。女性にしては低い声と共に、真ん中の人影が片手を軽く上げた。
「『時の指針書』に導かれ築かれた栄光を鑑みれば、強情な反発は国家への反逆と見做される。私とて無辜の民に手荒な真似はしたくはないのだよ」
 淡々と冷えた声色だったが、粘着く感情が部屋の中を這いずり回った。
 吹き抜けに面した床から黒い帽子を被った頭が覗く。慌てて頭を下げると、手すりの隙間に見えた店の扉が開け放たれる。『悪いお客さん』は去り際に、妙に明るい声を店内に向けた。
「貴様らの賢明な判断を期待しているぞ」
 複数の足音が外へ出ていくと、扉が勢い良く閉まって大きな音を立てた。思わずコポを抱きしめて体を竦めたが、首だけそろりと伸ばせば固く閉ざされた扉の前には誰もいない。
 私はほっと息を吐いて、店内の張り詰めた空気が緩もうとした時だった。
 こんこん。
 扉を叩いた軽快なノックに、緊張が走る。
 一拍の間を置いて開けて扉を潜ったのは、若い冒険者。肩口で切り揃えられた茶色の髪は、王宮の影が動いた事で黄金の艶を這わせる。日に焼けた健康的な顔立ちは整っていて、人好きする笑みが浮かんでいた。フード付きの外套の上から、大きなベルトを掛けて背に長剣を背負っている。皮を裏打ちした袖なしの紫の長衣を捌きながら、カウンターへ進み出た青年はメモへ落としていた視線を上げた。ただならぬ雰囲気に、翠の瞳がぱちぱちと瞬く。
「素材の配達なんですけど、後の方が良いですか?」

再びのレナートくん!
このベルマさんとのやりとりが長くなりそうだなぁと思って、前編にしれっと加筆しています
今のご時世、喫煙者の肩身は狭い。
 副流煙は肺癌のリスクがあるからと、喫煙スペースはアクリルの壁で囲われている。文句も言えまいと、煙草税はかけ放題だ。正直、人権もないのでは?と思う。
「電子タバコの喫煙者が増えているけれど、やっぱり昔に比べれば吸う人は減ったね」
 隣で紙巻きに火を付けた佐々木さんは、軽く吸って赤い熱を煙草に染み込ませる。佐々木さんは一本を随分と長く保たせる。煙草がよっぽど好きなんだろう。口の中で煙を転がして、肺の奥まで吸い込んで、喉から鼻へ抜ける香りを感じる。それをじっくりと味わうようで、煙草を吸っていると遠くでぼやける街灯を細めた目がぼんやりと眺めている。
「喫煙所に来る人が減って、寂しいね」
 眉尻しょんぼり下げて言う横顔に、赤マルボックスを手に弄びながらあたしは言う。
「あたしはいつもおひとり様なので、寂しいって思った事もないのですが」
「そうかぁ。このお店は喫煙者が田山さんだけなんだね」
 そう年上の草臥れた男性は、ありがとうと頭を下げた。あたしは指に挟んだ煙草を吸いながら、白髪混じりの旋毛が上がるのを待ってから訊ねる。
「お礼言われる事、何かしたっけ?」
 佐々木さんは『してるよ』と笑って、節くれだった手で灰皿を指差した。
「だって、田山さんが吸い殻を片付けてくれるんでしょ?」
 思わず目を見開いた。
 煙草を吸う者が灰皿の吸い殻を片付けるのは常識だ。煙草を吸わない人は、喫煙者よりも煙草の匂いをキツく感じると言う。あまり仕事中に煙草が吸いたくなる質ではないが、煙草休憩をさせてもらっている手前、喫煙所の清掃は自分の仕事と思っていた。
 にっと口元が上がる。当たり前だと思った事に感謝されて、柄にもなく心が浮き立った。
「じゃあ、今度は佐々木さんに片付けてもらおうかな」
 えぇ! 露骨に驚いた中年に、声を出して笑う。
 二本の煙草から出る煙が、あたし達の頭の上で絡み合っていった。

まだ6話目くらいし読んだだけで本の購入はまだ悩んでるんですが、結構好感触です。
なんか書きたくなって一本上げてみたが、どんなもんでしょうなぁ。
いや、稲野は煙草吸わないんですが、生まれた時から親が吸ってたんで煙草に関しては結構理解ある方。煙草休憩行って来て良いですよって送り出すし、愛煙家キャラ書くだけあって喫煙を肯定的に捉えています。吸い殻掃除も業務に組み込まれてれば、普通にします。電子タバコはわかんないけど、紙巻きの知識はちょっとだけある。

拍手に感謝!ぱちぱちっとありがとうございます!
現在、DQ9紙媒体は現在フィオーネの乱編(笑)で170頁を超え、200頁確定なのでは?と恐れ慄いています。こわい。200頁とか怖すぎる。

「指針監督官は手段を選ばなくなっています。気をつけてください」
 ゼフ殿の親友であり私の恩師である、錬金術師アルテオには二人のお嬢さんがいた。一人は魔法生物錬金学の権威であったお父上の才能を受け継いだ、リンカ嬢。キィンベルの歌姫と称される妹のシャンテ嬢の美声は、誰の才能を受け継いだのか聡明な父上もついぞ明かせなかった。
 お父上が身罷られ、二人の身元はゼフ殿が引き受けた。
 今もゼフ殿の店を手伝う形で、リンカ嬢は魔法生物錬金学を研究している。王国の命令という形で、『家族』を失うなど我慢できるはずがないだろう。父と娘が誇りを持つ研究を露骨に否定する様は、師を侮辱されたも同然の私も怒りを覚えている。
 指針監督官の挑発に乗って手でも上げようものなら、公務執行妨害で逮捕され連行され、魔法生物を没収する口述を作ってしまう。
 それが分からないリンカ嬢ではない。しかし、先日のリンジャハルの崩壊で一時生死不明だった妹の死を肌で感じてしまった彼女は、『家族』の死に敏感になっている可能性がある。
 私が心配するまでもなく、ゼフ殿は何度も言い含めているだろう。
 リンカ嬢も指針監督官の挑発には乗るまいと、己を律しているだろう。
 それでもどんな姑息な手を使ってくるか分からないのが、指針監督官なのだ。
 ゼフ殿は空になったカップを置き、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。私達の身を案じてくれる人がいるというだけで、心強いものはありません」
 私は頭振り、席を立ったゼフ殿を大通りまで送る。
 明るい日差しが降り注ぐレトリウス通りには、今日も多くのエテーネの民が往来していた。同じ大きさと形に揃えられた石畳が美しく並び、花壇からは溢れんばかりに季節の花が咲き誇る。陽の光に暖められて綻んだ花々から甘い香りが漂い、今日は上着が要らない気温になると肌で感じる。中央広場には巨大な砂時計のオブジェが置かれ、中の砂が夜空に瞬く星のようだ。頭上に浮かぶ王宮の影が、軍部区画に掛かっている。
 目を眇めて見ていた私に、ゼフ殿が言った。
「良いんですか?」
 良いんです。私は黙って頷いた。
 今、私が座っていた席には指針監督官が駆け寄って、ゼフ殿が買ってきた差し入れをぶちまけて具に調べているのだろう。ゼフ殿の事だ。文房具屋の主人に『この棚の黒インクの中から一つ選んで欲しい』と、なるべく自身が関わらず無作為になるように買い物をしているに違いない。どんなに調べたとて、何も出ないに決まっている。
 それで、片付けないんだ。まるで軍隊蟻じゃないか。
 私は深々と息を吐いてから、吸った息で本音を囁いた。
「『家族』が元気なら、それ以上何も要りません」
 そうですね。心の底から同意した想いが、大通りの雑踏に踏み砕かれていく。


前編終了!魔法生物事件をさらりと説明したよ!
リンジャハルの話も説明しようと思ったけど、諄くなると私が面倒なのであっさりとね!

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